横浜港のビューを楽しむシンプルなワンルーム空間

▶︎Hさんご夫妻のお住まいは横浜港に隣接するマンション。「街暮らし」を体感できる眺め

 

窓から見えるのは、ベイブリッジに赤レンガ倉庫、湾内をゆっくり巡航する大型船、そして海。Hさんご夫妻が暮らすのは、目前に横浜港の景色が広がる築20年超えのタワーマンション。物件の購入後にリノベーションの依頼先を探し、totonoiの姉妹事業「EcoDeco」に依頼してフルリノベーションしました。

「以前は、横浜市の戸塚区にある戸建てに家族4人で住んでいました。住み替えをしようと思ったきっかけは、コロナで僕がリモートワークになったことと、子どもたちの大学卒業、そして家のローンの支払いが終わったことでした。あとは、便利なところに住みたかったんですよね。当時の家は近くに大きなスーパーがなく、週末に車で買い出しに行く生活を20年以上続けていました。歳をとると歩くのも大変になるし、街暮らしのほうがいいだろうと。それで横浜駅周辺で物件を探して、見つけたのが現在の家でした」

▶︎装飾性を抑えたシンプルな空間を、ヴィンテージのサイドボードや北欧家具が彩っています

 

約70㎡、元2LDKだった空間は、洗面室と浴室、キッチンを以前は和室だった場所にまとめて、LDKと寝室がガラス框戸で仕切られたワンルーム的間取りに一新。無垢フローリングと白い壁、コンクリート躯体現しの天井というシンプルな空間に、結婚当時にACME Furnitureで買ったというアメリカンヴィンテージのサイドボードがシックな雰囲気をつくっています。

「細かく仕切ると狭く感じてしまうし、夫婦二人暮らしなのでワンルーム的な空間にしてもらいました。僕はできる限り躯体に沿って壁をつくったほうが空間が広くなるとしかイメージしていなかったけど、設計を担当してくれたEcoDecoの岡野さんが、壁の面を合わせたり梁の下に建具の高さを合わせるといった工夫で、スッキリ見える空間にしてくれました」

▶︎玄関横にあった浴室と洗面室を、大胆にバルコニー横に移動。燦々と注ぐ光と眺望が気持ちの良い空間です

 

「あと、叶えたかったのは、窓に面した洗面室。朝、洗顔や歯磨きを明るいところでしたかったんです。洗面室のドアは開けると洗濯機ブースを隠すドアになるんです。ダイニング側を少しでも明るくしたくて、開けっぱなしにできるつくりにしてもらいました」

洗面室は、タイルをカットせずに張り上げられるよう、タイルのサイズに合わせて壁の幅と高さを計画。壁面に整然と納まったタイルが、海外のホテルのような空間を一層エレガントに見せています。

▶︎キッチンのコンクリートのような表情の面材と、白いタイルのコントラストがクールなキッチン

 

キッチンも同様に、タイルのサイズに合わせて壁面の寸法を決定したそう。これらも、空間をスッキリ見せるための工夫です。

「システムキッチンはGRAFTEKTのものを施主支給で入れました。オープンキッチンはあまり自分の好みではなくて、以前の家と同じ独立型に。手元灯を棚に埋め込んで欲しいと岡野さんにリクエストして、叶えてもらいました」

▶︎リビングダイニングの壁面にはブラケットライトを設置。夜はホテルのような落ち着いた雰囲気をつくってくれます

 

Hさんご夫妻の家づくりでは、キッチンをはじめ、洗面まわりのパーツやエアコンなど、多くのアイテムを施主支給しました。施主支給とは、施主が自ら設備機器やパーツを販売元から直接購入し、施工会社に支給して取り付けてもらう方法のこと。施工会社が施主に代わって購入する場合の中間コストをカットできるメリットがあります。

「自分たちのやりたいことを予算内でどれだけ実現できるのかわからなかったので、最初にできるだけ要望を出しました。それで出てきた内容と見積もりを見て、施主支給や自分でつくるところを決めてコストを削減していきました」

▶︎壁面いっぱいの本棚が部屋の奥行きを強調する寝室。本棚は梁に合わせた高さでサイズオーダー

 

横浜港と東京都心の2方向を見渡すことができる寝室は、たっぷり広さを確保しました。窓辺にレイアウトした大きなテーブルは、ご主人がリモートワークをする際のワークスペース。壁一面に梁下まである本棚が、空間に「書斎」の趣を醸しています。本棚は造作するとコストが高くなるため、既製品を採用しました。

「margheritaの本棚は、EcoDecoの岡野さんが既製品のほうが安く済みますよと言って紹介してくれました。照明器具や電源タップのコードが通せるように、棚板の一部に穴を開けるカスタムオーダーをしています」

▶︎照明の配置が美しいベッドサイド。明かりの操作で広い寝室にスポットを演出するアイデア

 

本棚には、20年前から持っているというフィリップ・スタルクの「MISS SISSI」がずらり。これらのライトはベッドサイドのスイッチでオンオフが操作できるようになっており、これはHさんが自ら照明配線を計画し、工務店に電気配線を依頼しました。

「ほかにも、オーディオやテレビの位置を変えても大丈夫なように、考えられる限りの箇所にコンセントをつけてもらったり、配線用のパイプを床下に通して電源コードを隠せるようにもしてもらっています」

 

DIYで「自分らしい住まい」につくり込んでいく

▶︎リビングダイニングの奥まで見通せる空間。エアコンは天井埋め込み型にして壁も天井面もすっきり

 

Hさんがリノベーションでこだわったのは、キッチン・洗面などの水回り、床・壁・天井の位置や納まり、電気配線など、後から自分で変えることが難しい部分。そのオーダーは裏を返すと、「それ以外の箇所は住みながらなんとかしていく」ということ。当初のプランではクローゼットの造作も計画されていましたが、それも取りやめて、自由に使えるシンプルな空間をつくりました。

「僕は、ここに何を置くとか、この場所はこう使うとか、最初にきちっと決めることができないんですよ。やってみながら考えたり、ここにこれが欲しいと思ったら作ってみたり、気に入らなかったら変えてしまう。サイドボードも、設計当時はダイニングの玄関側の壁際に置くことを想定していたんです。だから、どんなふうに家具や家電をレイアウトしてもいいような空間にしてもらいました。きっと3年後にはいろんなものの配置ががらりと変わっていると思う」

▶︎まるでテーラーのようなH邸の玄関。ご主人がカスタマイズしやすいように、壁下地をラワンコンパネにしました

 

ぱっと見ただけではわかりませんが、実はHさんの家にはご主人がDIYで造作した箇所がたくさんあります。玄関を入ると出迎えるテーラーのようなウォークインクローゼットは、センターに置かれたヴィンテージのチェストを除き、下部に引き出しのついたハンガーラックも、可動式のワードローブも、さらに天井際の枕棚も、入居後にご主人がDIYで造作しました。

「40年くらい前、BRUTUSの『居住空間学』特集を読んで、空間づくりの面白さに目覚めました。BRUTUSを通じて、安藤忠雄や石山修武も知りました。でも、その後に買った家は建売住宅。そこ矛盾してるだろって言われるかもしれませんが(笑)、当時は土地と建物が一緒じゃないとローンが組めなかったりして、注文住宅を建てるのは大変だったんです。それでもその建売住宅を自分でいろいろいじって楽しんでいました。住みながら家をいじるのは大変だし、結局中途半端になってしまって、妻と子どもには不評でしたけど(笑)」

▶︎ご主人が「空間づくり」の面白さに目覚めるきっかけになったという、40年前のBRUTUS。本棚に大事にしまわれています

 

求めたのは、自分らしい空間づくりを楽しんでいくためのベースとなるハコ。入居から一年と少しが経ち、その間にご主人が行ったDIYは前述のクローゼットのほかにも、ソファ背面の壁にあるアートのようなパネルはご主人が制作した収納扉だったり、洗濯機の上に自作のパイプラックを取り付けたり、洗面室には電動歯ブラシの充電器を隠すボックスを自作したり、ベッドのヘッドボードを端材で自作したり、などなど…。

「今すでにあるものをベースに、どうしたらもっと良くなるかなと考えるのが好きなんです。ワークスペースのテーブルも、普通の高さだとバルコニーの手摺に視線がぶつかって景色が見えなくて、元々持っていたテーブルの脚を昇降式の脚に取り替えたんです。ここでぼーっと海や船を眺めながら、次はこういうのつくろうかな、と考える時間が好きですね」

▶︎ご主人作のハンガーラック。下部の引き出しは、既製品のプラスチックケースに木の面材を取り付けているのだそう!

 

▶︎こちらのチェストはもともと持っていたアイアンフレームの台と、リノベ前のキッチンの引き出しを組み合わせてDIY。「あるもの」を使いこなすアイデアがすごい

 

▶︎シルバーカラーの素敵なアートパネル…と思いきや実は収納扉。仕上げだけでなく扉自体もご主人が制作

 

「持ち家」にも働いてもらって、今を楽しみながら将来にも備える

持ち家からの住み替えだったHさんご夫妻。以前の家を売却して、そのお金をもとにマンションを購入したものと思いきや、現在の住まいは住宅ローンで購入したのだそう。以前の家はというと、内装と設備をきれいに整える程度のリフォームをして、賃貸運用しています。

「年齢的に返済年数は短めにしましたが、今の家は住宅ローンで購入しました。前の家は、当初は売ることを考えていたんです。でも、いつまで働き続けるのか、何歳まで生きるのかわからない。つまり、どれだけのお金を貯めておけばいいのか、そして日々どれだけ使っていいのかもわからないわけです。今はまだ僕たちは共働きで収入があるし、子どもにかかっていた分の出費がなくなったこともあり、これまでのようにローンを払いながら生活ができます。だったら、前の家の家賃を定期収入にすれば、それは“使っても大丈夫なお金”になるし、今後暮らしに何か変化があった時は、売るという選択肢をとることもできます」

▶︎「今のところ65歳までは働くつもりですが、70歳定年になる可能性も考えています」とご主人

 

たしかに、老後のために「貯めておくお金」は大事ですが、「日々を楽しむためのお金」も、人生を長く豊かに楽しむためには大切なもの。持ち家が立地や状態的に貸し出しやすい家なのか、売った方がメリットが大きいのかは、プロの手も借りつつ見極めたいところですが、「持ち家を賃貸運用して定期収入にする」という方法は、住み替えの際に検討したい方法です。

▶︎お気に入りだというTRUCKのソファでくつろぐ奥様。持ち物を整理できたことも住み替えて良かったことだと話します

 

「住み替えをして、暮らしはとても穏やかになりました。子育ても終わって、背負っていたものから解放された気持ちもあります。家族みんなで暮らしていた時はどうしてもみんなの趣味が混ざってしまっていたけど、今は私たちが好きなものだけに囲まれた暮らしができる。精神的な豊かさを感じています」

と奥様。今の住まいにあるものは、ほとんどが以前の家に住んでいた頃から使っていたものだと言います。モノが少ないシンプルな暮らしを実践しているHさんご夫妻ですが、ご主人のライフワークであるDIYの道具や作業スペースは一体どうしているのか聞いてみると、

「最初は前の家を作業場にしていたんですが、実は作業場兼趣味の場所としてもう一軒、横浜市の南区に家を買ったんです。前の家はそれなりにきれいに住んでいたこともあっていじることに抵抗があったんですが、新しく買った家は古家付きの土地として売られていた格安物件で、ボロボロすぎるので気兼ねなく手を入れることができます。家族みんなに私の“大きなオモチャ”と言われています(笑)」

▶︎サイドボードも実はDIYによるカスタマイズ済み。梁下に鏡が納まるよう脚を取り付けたり、鏡の下の台はDIYで制作

 

現在ご主人は、南区の家を改造しながら、横浜のマンションで使うものを作ったり、そちらでリモートワークをすることもあるそう。「当初の計画にはなかった存在ですが、おかげでこのスッキリした暮らしが成立しています」と奥様。住居用、運用用、遊び用。3つの家を使いこなすHさんご夫妻のスタイルは、大人世代がこれからを楽しみながら賢く生きる方法として、参考になりそうです。

text_佐藤可奈子
photo_totonoi編集部