「お金に無頓着だった自分」を顧みてファイナンシャルプランナーに

▷ファイナンシャルプランナーとして、セミナー講師や執筆活動も行っている平田さん

 

今回、お話を伺ったのは、ファイナンシャルプランナーの平田純子さん。個人のお客様に対してライフプランニングや資産形成・運用アドバイスを行っています。1970年生まれの平田さんがファイナンシャルプランナーになったのは40歳を過ぎてから。大学卒業後メーカーの商品開発部に勤務し、その後大手ライフスタイルブランドに転職。店長やエリアマネージャーを務め、収入は安定、マイホームも購入して、一見すると順風満帆な生活を送っていたはずでした。

「40歳を迎える頃に、将来を漠然と考えて不安になったんです。不動産会社に『その収入なら買えますよ』と勧められるがままにローンを組んで、貯蓄もないし、これで大丈夫なの?と。そんなタイミングでファイナンシャルプランナーという仕事を知って興味を持ち、本などで勉強を始めました。お金のことについて知れば知るほど、それまで何も考えずにお金と付き合ってきた自分に後悔し、意識を持ってお金と付き合うことの大事さを実感しました。そんな私の後悔が誰かの役に立つかもしれないと思い、ファイナンシャルプランナーとしての活動を始めました」

平田さんは、「お金のことをもっと早く、きちんと知っていたら人生が違っていたかも」と話します。最近は「老後2000万円問題」や年金支給年齢の引き下げなどがニュースで話題になることも多く、現在50代の方も、これから50代を迎える方も、かつての平田さんと同じように、自分たちの老後に漠然とした不安を抱いているのではないでしょうか。

▷平田さんは対面面談のほか、オンライン面談も実施しているそう。今回はtotonoiオフィスにお越しいただきました

 

「話題になった『老後2000万円問題』ですが、これはすべての人が『老後2000万円必要』というわけではないんです。この数字は、一般的な会社員の夫と専業主婦の妻という場合の、65歳以降の支給年金の平均と生活費の平均から導かれたもの。年金を含む実収入が月約21万円、実支出は月約26万円という平均値をもとに試算されており、そうすると毎月5万円足りなくなります。65歳から先30年、95歳まで生きると試算した場合、月5万円×30年(360ヶ月)で約2000万円。この年金で賄えないお金をどうするか、というのが『2000万円問題』の本質なんです。

ですが、年金の支給額も生活費もご家庭ごとに異なります。例えばこの試算の月26万円の中には住宅にかかるお金は月1.4万円ほどしか入っていませんし、実際は固定資産税やマンション住みの場合は修繕積立金もかかります。ただ『2000万円あれば大丈夫』ということではなく、ご自身にとってはいくら必要になるのか、明確にすることがまず大事なんです」

そこで役立つのが、ライフプランニング。人生の夢や目標を叶えるために総合的な資金計画を立て、経済的な側面からの実現を導く方法です。子供の進学や定年退職など、自分たちのこの先のライフイベントに必要なお金と収入を重ね合わせ、長く健やかに生きるための無理のない資金計画を立てていきます。

今回は、totonoiの天井が平田さんにライフプランニングを依頼。天井は現在夫婦共に40代ですが、老後に持ち家の住み替えを考えています。天井家のライフプランニングをもとに、安心して老後を送れる資金計画づくりのヒントを平田さんに伺いました。

 

実際にシミュレーション!定年退職後に住み替え想定で、老後の資金は大丈夫?

▷totonoiスタッフの天井。現在考えている老後のライフプランが資金的に大丈夫なのか診断してもらいました

 

現在、リノベーションした中古マンションに夫と子ども2人と暮らしている天井。夫婦共に60歳まで働く予定で、子ども2人は大学への進学を想定、定年退職後は別のマンションに住み替えることを計画しています。現在の収入が維持され、見込みの退職金を受給できると仮定して、老後の資金がどうなるかをシミュレーションしてもらいました。

<天井家データ>
夫41歳(会社員)妻40歳(自営業)第一子(7歳)第二子(4歳)
現在の住まい:持ち家

<今後のライフプランと出費シミュレーション>
・住宅ローン:約11.5万円/月(夫59歳、妻58歳まで返済予定)
・住宅維持管理費:50万円/年(修繕積立金や固定資産税)
・火災保険料:1万円/年
・生命保険:夫6万円/年(養老保険)、妻36万円/年(個人年金保険)
・生活費:20万円/月
・子供独立後の生活費:16万円/月
・車の買い替え:300万円/5年
・旅行などレジャー費:100万円/年
・リタイア後の旅行などレジャー費:50万円/年
・教育費(第一子・第二子の合計):約3800万円
(第一子・第二子共に私立中学校・私立高校・私立大学への進学、それぞれ22歳で大学卒業・独立を想定して試算、一般的な塾・習い事費用含む)
・現在の持ち家の売却額:2000万円を想定
・住み替え先の購入額:4000万円を想定(キャッシュで購入を想定、他諸費用220万円含む)

早速ですが、試算結果をドドン。オレンジ色の部分が、毎年年末における「現預金額」、緑のラインが各年の年間収支(収入と支出の差)です。定年の60歳頃までは一定のラインをキープしていた「現預金額」が、それ以降は年々減少を続け、なんと、90歳ごろに資金がマイナスになるという結果に…。

「天井家の場合、65歳以降に夫婦で受給できる公的年金を試算したところ、見込み金額の合計は月25万円程度でした。年金で足りない分は、現預金を切り崩して生活していくことになります。90歳まで大丈夫なら安心では?と思われるかもしれませんが、人生何が起こるかわかりません。ライフプランニング的には、『100歳時点で+1000万円』になっている状態が理想です」

現時点、天井家のシミュレーションは最期まで自宅で暮らすことを前提にしていますが、介護施設に入る可能性や、夫婦のどちらかが先に亡くなり、どちらかが家に一人で暮らし続けることも考えられます。そうした場合にも安心できる資産が残るよう考えるのが大切、と平田さんは話します。

 

安心できる老後資金を残すためにできることは?

▷しっかり貯蓄もしている天井家ですが、「90歳で現預金ショート」の結果に天井も思わず苦笑い…

 

では、老後に十分な資金を残すために、どのような点を見直していけばいいのでしょうか?

「生命保険の見直しは、『加入の目的』『必要保障額』を改めて確認し、加入中の保険についてそれらの過不足状況はどうか、一方、保険料が現在の家計収支を圧迫していないかというポイントで点検します。天井家の場合、負担保険料は現状の家計収支には影響ありませんし、目的が『老後の資産形成』とすると、夫が養老保険、妻が個人年金保険と、いずれの契約も老後生活の収入にプラスとなる貯蓄型保険なので、このまま継続でよいでしょう」

次に気になるのが「生活費」です。食費や日用品、外食費といった天井家の現在の生活費は月20万円で、子ども2人が独立して以降は月16万円で試算されています。

「一般的に子どもが独立後の生活費は2割程度の減少と言われています。もっと減るのでは?と思ったかもしれませんが、子どもに手が掛からなくなった分、趣味や外食などでお金を使う可能性が出てくるので、老後を豊かに暮らすためにも、生活費の見込みはそれなりにつけておいたほうが安心です」

天井家のライフプランで、子どもの進学以外に最も大きな支出があるイベントは夫66歳・妻65歳のタイミングでの「住み替え」。現在の持ち家を2000万円で売却し、その売却益と現預金からの2000万円を合わせて、4000万円の住宅の購入を想定しています。

「実際にいくらで売却できるのか、いくらの住宅を購入するのかはその時になってみないとわかりませんが、現預金からいくらか持ち出すことにはなります。例えば住み替えタイミングを前後させたとしても、支出は変わらないので老後資金への影響はありません。これを例えば今の家をリフォームして住み続けることにするならば、支出を大きく減らすことにつながります」

▷現在の天井家は築27年で購入。住み替え時点では築60年になり、売却見込み額をよく検討する必要があります

 

とはいえ、天井家の場合、住み替え自体を諦めるほどではないと平田さん。大切なのは、資産状況に見合った家を選ぶことと、老後の生活に合う家を選ぶことと言います。

「歳をとると足腰が弱っていきますから、病院が近かったり、生活施設が近い環境が望ましくなります。そもそも生活環境を変えることに対応できるのか、よく検討したほうがいいでしょう。また、一戸建てからマンションに住み替える際は、住宅維持費の変化に注意が必要です。一戸建てはローンを払い終えれば固定資産税のみの支出ですが、マンションに住み替えた場合、購入費と固定資産税のほかに月々の管理費や修繕積立金が発生します。大規模修繕のために修繕積立金が上がる可能性もありますから、購入するマンションをよく見極めることとが大切になります」

天井家の場合、100歳時点で黒字にするための対策には、現在「5年ごと300万円」で想定されている車の買い替えを、買い替えのスパンを長くするだけでも改善が見込めるそう。また、もうひとつの手として平田さんが挙げたのは『投資運用』。

「投資運用を始めるのは、50歳を過ぎてからでも遅くはありません。70歳、80歳以降の将来が変わってきます。手元にお金がたくさんあるからといって、一気に大金を投資運用するのではなく、毎月一定の額を積立投資し長く運用していくことが、リスクが軽減でき運用効果も期待できる投資運用のやり方です。そして、投資商品は投資信託がおすすめですが、その投資信託も株式型や債券型、投資地域も日本や先進国などに分散しつつ、複数の投資信託を利用することがリスク分散につながります。投資運用は『早めに、長く、分散して』が基本的な考え方。また、iDecoやNISAなど税的メリットのある制度は積極的に活用したいところ。先10年使う予定のないお金があったら、運用するのがおすすめです」

▷「50歳以降のライフプランニングは、とにかく長生きすることを前提に」と平田さん

 

そして何よりの対策は、『定年後も働くこと』と平田さんは話します。

「定年以降も、夫婦共に働くこと。年収規模は下がっても大丈夫なので、年金受給開始の65歳まで就業を継続することです。月に数万円の収入でもあるとないとでは大きく違います」

現状90歳ごろに現預金がマイナスになってしまう天井家の場合、たとえば60代の10年間を夫婦で年200万円稼ぐことで『100歳時点で+1000万円』が実現できることになります。

「さらに、本来の年金受給開始の65歳以降も切り崩す預貯金に余裕があったり、65歳以降も就業収入を得て家計の収支バランスを取ることで、公的年金の受給開始を遅らせる『繰り下げ受給』という手もあります。公的年金は繰り下げ受給をすると、受給を1ヶ月遅らせるごとに本来の年金額の0.7%が増額される仕組みになっていて、現在は70歳までの繰り下げが可能です。つまり、年金受給を70歳まで繰り下げると、65歳から受給した場合に比べて、年金額が1.42倍になるんです」

ただし、年金制度については今後改正される可能性が高いので注意が必要だと平田さん。年金制度は、働き世代が納める保険料が老人世代を支える仕組みで、かつては4人の働き世代で1人の老人を支える構図でした。ですが少子高齢化が進む今は、働き世代2人で1人の老人を支えている状況になっているとも言われており、今後、公的年金の支給額が下がる可能性もないとは言えないそう。

一方、政府は2013年に高年齢者雇用安定法を改定し、定年を60歳から65歳に引き上げる法整備を行いました。現在はその経過措置期間で、2025年4月からは65歳定年制が定年制を採用しているすべての企業に義務化されます。さらに雇用者の希望があれば70歳まで就業機会を確保できるようにすることを企業の努力目標にしており、これらの制度改革により将来的に、年金の受給開始年齢が65歳から70歳に繰り下げられる可能性も高まっています。

日本人の平均寿命は男性が81.64歳、女性が87.74歳(2020年厚生労働省発表)。過去最高を更新するのは男性が9年連続、女性が8年連続で、背景には医療技術の進歩や健康意識の高まりがあると言われています。『長く生きる』ことを前提にしたライフプランニングと老後の生き方イメージをしておくことが、一層重要になっていくでしょう。

老後のお金と暮らしについて漠然とした不安を抱き続けるよりも、早めにプロに相談して課題点を見つけること。ファイナンシャルプランナーへの相談は、豊かな未来をイメージするきっかけづくりになるはずです。

 

【ファイナンシャルプランニングをしてみて by totonoi・天井】

私は老後の生活に対して気にしている方だという自覚があり、これくらい貯めておけばいいだろうと、貯蓄やiDecoなどで将来に向けて動いていました。…が、あくまで「なんとなくの計画」です。老後の見通しを立てるために一度はファイナンシャルプランナーに相談をしたいと考えていました。今回、平田さんにライフプランニングをしていただき、貯蓄ペースは現状でOKで、100歳時点で不足する分は60代で夫婦で年200万円稼げばいい! という見通しと対応策が分かり、ぼんやりとしていた老後設計に見通しが立って晴れやかな気持ちです。自分の両親を見ていると、60代は「これからあれもこれもやりたい!」と希望に満ちている年代。楽しい老後を迎えるために、お金の不安を取り除くことができるいい機会になりました。

text_佐藤可奈子