持ち家を「売る」なら?首都圏の中古物件は売れ行き好調

▷不動産コンサルタントとして「President Online」や「日本経済新聞」でコラムも執筆している田中歩さん

ー50歳以上の大人世代の「住み替え」でまず考えるのは、住み替え先となる「新しい住まい」をどうするかです。近年の住宅不動産市場はどうなっているのでしょう?

新型コロナウイルスの感染拡大の影響で旅行や外出の機会が減り、出費するものが限られるようになったせいか、自動車や住宅といった高額なものが今、売れているようです。2020年の半ばごろまでは売買が低迷しましたが、現在は新築も中古も動き出しています。

リモートワーク化が進み、会社に近い場所に住む必要がなくなったり、在宅勤務のための広さが必要になったりといった背景からか、郊外の中古戸建て住宅が売れている傾向が見られます。中古戸建ての価格は高くなっているところとそうでもないところとばらつきがありますが、平均してみるとここ数年と比べた際の価格変化は横ばいです。

首都圏の新築マンションと中古マンションはここ数年、価格上昇を続けています。新築マンションの平均価格はバブル期の1990年以来の6000万円台に上昇しました。首都圏の中古マンションの成約価格も上昇を続けています。購入ニーズの高まりに対して、物件の供給数が減少傾向にあることが、首都圏のマンションの価格高騰の一因になっています。

<首都圏の新築マンション・中古マンション・中古戸建ての成約価格>

※1 首都圏のマンション市場動向ー2021年3月度ー
※2 東日本不動産流通機構 月例速報 Market Watchサマリーレポート 2021年3月度

<首都圏の新築マンションの供給数および中古マンション・中古戸建ての成約件数>

※3 首都圏マンション市場動向ー2020年まとめー
※4 首都圏不動産流通市場の動向(2020年)公益財団法人東日本不動産流通機構

ー住み替えに伴う「持ち家」の売却については、中古不動産の売り手市場の実情はどうでしょうか?

中古マンションや中古戸建てについては、売り手側の動きが鈍っている感触があります。コロナ前は、僕のところにも親が持っていた不動産やご自身の持ち家の売却についての相談が、個人の方からよくきていたのですが、コロナ以降はめっきり減りました。このコロナ禍にわざわざ動かなくていいのでは、という心情になっているのかもしれません。

以下のデータは、東京都内の中古戸建て、中古マンションの成約事例を使って、それぞれの価格が2019年と2020年でどのように変化したのかを地図上に現したものです。黄色〜オレンジ色〜赤の部分は相対的に価格が高くなったところで、黄緑色のところは価格にあまり変化がないところで、上がったところとそうではないところの差がはっきりしています。

面白いことに、郊外でも値上がりしているエリアが散見されますので、郊外にある戸建てを売却して、さほど値上がりしていない都区部エリアの中古マンションに買い換えるという戦略もありかもしれませんね。

<首都圏中古マンション2019-2020価格変化ヒートマップ>


データ作成:あゆみリアルティーサービス

<首都圏中古戸建て2019-2020価格変化ヒートマップ>


データ作成:あゆみリアルティーサービス

※上記ヒートマップは、あゆみリアルティーサービスにて、公益財団法人東日本不動産流通機構に登録された成約データをもとに、空間クリギング(最良線形不偏予測量による空間補完)を利用し、都内の町丁目単位の価格を予測し、2019年と2020年を比較したもの。

 

コロナで住まい方が変化。郊外の持ち家や実家の新しい使い道

ー中古マンション・中古戸建てともにニーズは高まっており、売るなら売れる状況ではあるけれど、住み替え先となる物件の競争率も高くなっているというのが、今の状況ですね。

ただ、このコロナで暮らし方も働き方も大きく変わりました。持ち家や実家を手放して住み替えるのではなく、リノベーションしたり建て替えて自己使用するという可能性も考えられるようになってきたと思います。

僕も今50代で、横浜の青葉区に実家があるんですが、将来的に親が住まなくなったら、小さな平屋に建て替えてそこに暮らすのもいいなと思っています。また、茨城の田舎にある妻の祖母が住んでいた家が物置き状態で使われていないのですが、そちらを時々滞在する家として使うことも考えています。

僕の趣味はキャンプやスモーク作りなんですが、今住んでいる集合住宅ではそれができない。自宅の庭でテントを張ってスモーク作りができる、そんな環境が得られたら最高だと思うんです。

ーそう考えるようになったのは、このコロナ禍でリモートワークが浸透し、都心を離れても仕事ができるという実感からですか?

そうですね。僕は自営なのでもともとそういう仕事の仕方はできていたんですが、お客様もリモートに応じてくれるようになった。これはとても大きいです。それでも都内にまったく出てこないというわけにはいかないので、都内のオフィスは維持したままですが、今はオフィスをワンルームマンションとかにしておけばよかったなと思っています。シャワーがあれば寝泊まりできますからね。都内でやらねばならない仕事をまとめて1週間都内に滞在して、あとは郊外の拠点で過ごすというスタイルも、今の世の中なら叶わないものではありません。

▷クライアントにもリモートワークが浸透し、場所に縛られない働き方ができるようになったと話す田中さん

ー田中さんのように、所有する不動産が東京に通える範囲にある場合は、そういった多拠点生活の拠点のひとつにするという暮らし方も、これからの時代には現実的になっていきそうです。

地方に実家がある方で、このコロナ禍で地方暮らしにも興味があるという方に、郊外の家を貸し出すという使い道もあるのではと考えています。茨城の妻の実家は、短期貸しできる仕組みをつくって貸し出すのもいいかなと思っているんです。郊外には空き家になっている家がいっぱいあります。そんな家を所有している人は、この機に活用してみるというのもいいのではないでしょうか。

ー東京に通える距離にある実家や持ち家であれば、そんなふうに所有し続けたまま、バケーションレンタルして活用する方法もありますね。

郊外の持ち家から都市部に住み替えたいという場合も、ちょうどいい物件が見つからなければ賃貸に住んで、持ち家は賃貸して運用するという住み替え方もあると思います。

持ち家を賃貸活用するのは、後々の相続対策としても有効です。相続税法に「貸家が建っている土地(貸家建付地)については、その評価額が約2割引きに。貸家については賃貸割合が100%の場合、その評価額が3割引きになる」というルールがあるんです。賃貸収入のある資産として残せることにもなります。

ー持ち家を賃貸活用する場合、建物の状態によっては貸し出すためのリフォームが必要になることもありますが、リフォームにはどのぐらいの費用がかかるものでしょうか?

必要なリフォーム内容は建物の状態に依りますが、リフォームに投資する額は、賃貸運営を行う予定期間の4割ほどの期間で回収可能な額を上限目安にするのがいいと思います。例えば6年間は賃貸するという場合、普通に暮らせる状態へ修繕して月10万円で貸し出せるマーケットなら、その賃料の2.4年分(6年×0.4)の288万円(120万/年×2.4)が上限の目安となります。

ただ、この計算には、賃貸事業リスクが含まれていません。賃貸する期間が長くなれば、建物の経年による修繕が必要になったり、空室のリスクも出てきます。なので賃貸運営期間はひとまず10年といった短期スパンで考えるのがいいでしょう。

ー持ち家があった土地にアパートなどを新築して賃貸運営することを検討する場合の注意点はなんでしょう?

アパートを新築する場合も持ち家を賃貸する場合も同じですが、賃貸運営する際は、地域の賃料水準とリフォームに費やす投資額のバランスが大切です。そもそも地域の賃貸需要が少ない場合は慎重になったほうがいいでしょう。

最近は、ビルダーがサブリース形式で家賃保証をする前提で、賃貸アパートを新築するスタイルもありますが、更新のタイミングで保証賃料を下げられることもあります。賃貸運用するなら、事前に地域ニーズをきちんと精査して、賃貸運営をしっかりサポートしてくれる不動産事業者と行うことが大切です。

 

自身の理想の暮らしと家族の将来をベースに選択を

大人世代の住み替えでは持ち家の処遇だけでなく、「実家」をどうするかも気になるところ

ーコロナによる働き方・暮らし方の変化をきっかけに、所有する不動産を賃貸活用したり自己使用する可能性は今後も広がっていきそうですが、やはり「手放したい」という場合、売れやすくするための工夫はありますか?

戸建てで、まだ修繕すれば利用可能な状態ならば、きちんと掃除をしたり、壁紙などを部分的に貼り換えるだけでも、買主に魅力を訴求できる場合があります。とはいえ、中古戸建てとして売る場合は、片付けが一番大事でしょうね。

ー空き家になっている家を活用したいけれど、片付けられないという声はよく聞きます。

先ほど話した、僕の妻の祖母の家も物置き状態です(笑)。でも今は、家財の片付けサービスを展開している業者が多くいますし、家財の片付けも行う解体業者もたくさんいます。中には古物商の免許を持っていて、買取をしてくれる業者もいます。「片付ける」という意志さえ決定してしまえば、作業自体はそうした業者に頼むこともできます。

ー特に実家の場合は、「仏壇があるから」という理由で住む人がいなくなってもそのままにしているケースがよく見られます。

仏壇を移動したり処分する場合には、お寺や仏具店に頼む方法があるようです。小さい仏壇に仏様を入れ替えたりするケースも聞きますね。

「実家を残したい」という思いの理由は、家財や仏壇の片付けのこともありますが、庭であったり周辺コミュニティであったり、その家自体というよりも、その家を取り巻く環境を残しておきたいというのが本音だったりします。コロナによって働き方・暮らし方が変化したので、今まで使いようがなかった田舎の実家も使える可能性が出てきました。なので、そのまま実家を残して使うということも、ポジティブに考えてもいいのではと思います。

ただ、所有する財産が不動産ばかりになるのは、相続の面ではリスキーでもあります。相続税のこともありますが、相続人が複数人いた場合にどう分割するかという課題も出やすいのです。

▷田中さんは相続についても含めた不動産コンサルティングのほか、空き家再生コンサルティングも行っています

ー目先の「売ると貸す、どっちが得か」だけでなく、ご自身と家族の将来ビジョンを考慮した選択が重要ということですね。

リスクは回避するに越したことはありませんが、大人世代ももっと自由に住まい方を考えていいと思います。世の中がこんな状況だからこそ、楽しく豊かに生きることが大事だと思うんです。

家のことを考える時というのは、諸条件という点をつないだ空間の中で何を選ぶかということ。これまではその中で「これを選べばいい」と思っていたのが、コロナによって次元が変わって戸惑ってしまうのは、あると思います。それを数学的に解くのは難しいことではないのですが、住まいを考えるときに重要なのはその人の価値観や思いで、それはコロナ以前もwithコロナでも一緒なんです。これまでの状況と変わったからこそ、より本人が「どう暮らしたいか」が、自分の本音と向き合うことが、大切になっていくと思います。

text_佐藤可奈子