以前は、三軒茶屋にある賃貸マンションにお住まいだった茂内さんご夫妻。夫の要一さんは三郷に近い場所で会社を経営しており、妻の亜希子さんは都心の出版社に勤務していました。現在のお住まいは以前から所有していたもので、築約26年の約61㎡のマンション。
リノベーションの工事はご夫婦の知人に任せるという条件のもと、設計を依頼できる会社探しをしていたとき、亜希子さんのご友人からの紹介で、私たちのところへご相談に来られました。
茂内さんと設計担当の最初の打ち合わせは、ご夫妻それぞれが生活で大事にしていることや、お二人のライフスタイルを詳細に伺うところからスタートしました。その上で、亜希子さんは「一人で過ごせる書斎」が必要で、要一さんは「機能的なキッチンとくつろげるリビング」が必要、ということを主軸にしたリノベーションが始まりました。
当時、「いつかワインバーを開きたい」という新たな目標ができ、それに向かうための時間を割きたいと思っていた亜希子さん。長年雑誌編集の仕事をされていたこともあり、読書や書き物をする一人の静かな時間を大切にしており、こもれる書斎を必要としていました。要一さんは、料理好きで、家に人を招くことが好きな方。料理が作りやすく、メンテナンスがしやすい機能的なキッチンを求めていました。
「僕たちは二人とも40代で結婚しました。だからそれぞれのライフスタイルがすでに出来上がっていたんですね。僕はもともと料理が好きでしたが、食いしん坊だから外食も多く、妻と結婚した当初も二人であちこち食べ歩いていました。でもある時、妻から、もっと家でゆっくり過ごす時間を持ちたいという話をされたんです。互いにお酒も外食も好きですが、優先順位が違うんだと気づかされました。妻は一人の時間をとても大切にする人。そういうこともあって、リノベーションをするなら、何はなくとも彼女には彼女の“城”となるような個室が必要だと思っていました」(要一さん)
それぞれの「好き」を尊重しつつ、寄り添い合っている印象の茂内さんご夫妻。キッチンづくりでは、要一さんの「好き」を優先しました。いくつかご提案したプランの中で、要一さんが即決したのが今のプラン。リビングダイニングとキッチンがゆるやかに繋がりつつも、リビング側からキッチンの中の家電製品が見えなかったり、キッチンカウンターがある対面式のプランでした。
「あとは家の中に調理中のニオイがまわってしまわないよう、キッチンと廊下の間に扉をつけてほしいとリクエストをして、青い扉をつけてもらいました。システムキッチンに関しては、予算の関係で最初に希望したものよりだいぶ価格を抑えたものに変更せざるを得なくなったのですが、結果的にはシンプルなシステムキッチンで十分でした」(要一さん)
要一さんのリクエストの一つであるリビングと廊下を繋ぐ青いガラス扉はこの家の中で一番のお気に入りだそう。もともとは別のお施主さんのところで不要になった古い木の扉でしたが、古くても頑丈なつくりだったため、色を塗り、ガラスを新しいものに交換することで、シンプルで美しい扉によみがえりました。
「長年使われてきたものをこの家で受け継ぐことができるなんて、本当にうれしく思いました。北欧や日本の古い家具を使っていた私たちの生活を見て、他の家で不要になった部材をリノベーションに使いませんか、と提案してくださった設計者さんのセンスにも感心しました」(亜希子さん)
亜希子さんが出版社を退職した現在は、平日の夜は亜希子さんが料理を作り、要一さんはスツールに座ってTVを観ながら晩酌。休日は要一さんがブランチを作り、夕方には散歩がてら近所に二人で買い出しに出かけ、一緒に夕食を作るというのが、茂内家のルーチン。キッチンで要一さんが料理をしている間、亜希子さんがワインを開けて、料理をしている要一さんとカウンター越しに会話しながら晩酌をすることも。料理好きの要一さんですが、亜希子さん曰く、その100倍くらい外食が好きなのだそう。
「雑誌や料理番組のレシピを見て作ることもありますが、それよりも“あのお店で美味しかった料理を再現したい”“あの盛り付けを真似したい”というのが、料理をする理由なんですよ」(要一さん)
一方、亜希子さんは、新聞に掲載されていたレシピを切り抜いてカードにし、取り出しやすいように整理しています。
「書斎にカードボックスを置いてあって、その日食べたい料理のカードを抜いて、そこに載っている食材を買いに行きます。ネットでレシピを探すよりも一覧性があるので私には便利ですね」(亜希子さん)
茂内さんご夫妻に魅力を感じるのは、「好き」という気持ちが原動力になっている、生き方のストレートさかもしれません。二人の「好き」を、それぞれの楽しみ方で暮らしに取り入れていらっしゃいました。
将来、ワインを楽しむお店を開くために、日々勉強に勤しんでいるという亜希子さん。書斎では、ワインの調べ物をして過ごしていることが多く、ワインスクールで学んだことの復習をしたり、飲んだワインの感想を記録したりしているそう。
書斎には、リノベーションの際に造作した本棚があり、整理された書籍がびっしり詰まっています。出版社にお勤めしていた頃は、旅雑誌の編集をしていたこともあり、3ヵ月に一度は海外取材に出ていたという亜希子さん。そうして、いろいろな土地でワイナリーを訪れた中で経験したことが、ワインに興味を抱く最初のきっかけになったそう。
落希一郎さんの『僕がワイナリーをつくった理由』という本に感銘を受けた亜希子さんは、新潟にある落さんのワイナリーを要一さんとともに訪問。醸造施設だけでなく、温泉も食堂も宿泊施設もある、ヨーロッパスタイルのワイナリーを体験した亜希子さんは「実家の茨城にワイナリーを作る」と発言するほどに感化されたのだそう。
「でもそれは相当キツいぞと気づき、ワインを楽しめるお店を出すという現実的なところに落ち着きました(笑)」(亜希子さん)
お部屋の中にある多くのアート作品は、亜希子さんのご趣味。正規の美術教育を受けていない人の作品を指す「アウトサイダーアート」と言われる分野の作品が多く飾られていました。
「アーティスト自身がやむにやまれぬ衝動で描いているところに、どうしても惹かれるんです。ダイニングに飾っている刺繍の作品は、出張で行ったサンフランシスコにあるモダンアートのギャラリーで見つけたものです。買うことで初めて、アートが自分の人生の一部になるような気がして。それがうれしい」(亜希子さん)
茂内さんは設計の段階で、どの壁に絵を飾るかをリクエストし、該当箇所は壁に補強をいれています。今後もアート作品が増えることを想定して、飾れる場所を多めにつくっていたことを、楽しそうに話してくれました。
要一さんが現在、食事のほかに夢中になっているご趣味は園芸。現在のお住まいに移り住んでからベランダでいろいろと育てるようになったそうです。
「バラがほしいなって私がリクエストしたので、今は熱心にバラを育ててくれています。この前は赤唐辛子も実ったんですよ」(奥様)
お二人のお話を伺っていると、食へのアプローチはそれぞれに異なるものの、おいしい時間を通してお互いの世界を広げ、それが一層深まっていくことをとても大事にされているのだなと感じました。