ー本日は、内山さんのご自宅にお邪魔させていただきました。目前に多摩川の景色が広がる、とても眺めの良いお部屋ですね。
この眺めが気に入って住み始めて14年になります。50㎡くらいかな。リビングとダイニングキッチン、そして寝室にしている一部屋の、1LDKの間取りです。以前は三鷹にある、古い木造2階建てに住んでいました。次は眺めの良いところに住みたいと思って、頭に浮かんだのが学生時代のことでした。
僕は実家が横浜で、渋谷に遊びに行く時は東急線に乗って行ってたんです。二子玉川を超えるときに見える、多摩川に向かって下る南側斜面に建つ家々が気持ち良さそうで、「こんなところに住めたらいいな」と思っていたんですよね。当時のことをふと思い出して、「多摩川沿い良いかも」と思って見つけたのがこの家でした。
多摩川は、土手沿いが車道じゃないところが数kmしかないんです。このマンションの目の前がそうで、だからか、街の人の生活と川の土手がするっと一体化しているような雰囲気があって、それも気に入っています。
ーこの家にはずっと賃貸でお住まいになられていて、この春にご購入したと聞きました。
所有欲が全然なかったんです。数年前に一度、引越しを検討したんですが、全然ピンと来る物件がなくて。この家に不満があったわけではないんです。渋谷から電車で20分の距離で、これだけの自然が感じられる環境ってなかなかないし。それで、そのまま住み続けていたら、オーナーから「買いませんか」と打診されたんです。古いけれど、管理組合も建物管理もしっかりしているし、何よりこの部屋の心地よさを知っていたので、これはもう僕が買うしかないってことかな、と思って(笑)。
ー長く住まわれているだけあって、内山さんと部屋がものすごく馴染んでいるように思います。床を変えたり、棚を造作したりしているんですね。
キッチンとダイニングの棚は、入居した時にデザインして作りました。廊下とダイニングキッチンも自分でカーペットを敷いています。リビングは入居時は畳で、だいぶ痛んでいたので「フローリングに変えられませんか?」とオーナーに掛け合ったらOKをもらえたので、僕が指定した無垢のフローリングに貼り替えさせてもらいました。
この部屋はもともと3DKだったのを、どこかの段階で今の間取りにリフォームしたみたいですね。洗面室も、最近じゃ見ないような可愛い柄の壁紙が貼られていて気に入っています。一人暮らしには何の不便もない間取りなので、そのまま暮らしています。
ー見た目の新しさや装飾性よりも、ご自身にとっての居心地の質を重視しているんですね。それは建築家としての内山さんにも通じることだと思いますが、どのようなお仕事が多いのですか?
9割が住宅です。新築もリノベーションもやっていて、割合は半々ぐらい。リノベーションは、マンションも戸建ても両方ですね。木造もRC造もやっています。どこかのジャンルに特化するといった感じではなく、幅広くやっている設計事務所なので、いろんなご相談をしていただきやすいのかなと思っています。だからお客様の年齢層も幅広くて、30代から50代、70代の方も。ほとんどの方がかつてのお客様からのご紹介です。
ーそうした中で、50代以上の大人世代向けのリノベーションサービスを立ち上げようと思ったきっかけは何だったのですか?
あるとき、僕のところに紹介で相談にきた50代の単身のお客様がいて、購入したマンションをリノベーションしたいけれど、「頼める人がいない」と言うんです。話を聞くと、雑誌やインターネットで随分調べていて、いろいろなリノベーション会社をご存知でした。でも、どこも若い世代の事例ばかりで、自分がしたいリノベーションとのギャップを感じる、と。そのとき、大人世代に対してリノベーションを通した暮らし方の提案をできる人が、あまりいないんじゃないか、と思ったのがきっかけでした。
彼女はとある現代アーティストの作品を多数所有していて、それまで実家の倉庫で眠っていたそれらを、ちゃんと飾って暮らしたいというのが、リノベーションの動機でした。
その後に出会った世田谷区のSさんご夫妻も50代で(※1)、こちらは「マレンコのソファを置きたい」というのがリノベーションへのリクエストでした。それを聞いた瞬間に、Sさんが思い描いている生活スタイルがわかった気がしたんです。マレンコのソファって、80年代に青年期を送った世代にとっては憧れの存在で、あの独特のフォルムに合うインテリアイメージというのがあるんですね。彼はその憧れをずっと抱いてきて、それを叶えるためのリノベーションだったわけです。
ー結婚や出産を機にゼロから暮らしのイメージをつくっていく若年世代とは、住まいに求めるものや動機が異なりますね。
大人世代は、ご自身の中に「やりたいこと」のイメージがしっかりあるんですよね。バブルを経験した彼らは、よくも悪くも「良いもの」を知っている。ただ、その時はまだ若かったり、家庭を持ったばかりだったりして、実現できなかったんですよね。また、彼らの思い描くイメージの背景には、これまでの人生や、築き上げてきた暮らし方もあります。若い人は、相談する時にたくさんのイメージ写真やインテリア雑誌を抱えてきます。しかし、大人世代の人たちは、メディアに溢れている今流行りのリノベーション空間とは、フィットしないんです。
そういった大人世代の住まいや暮らしへの想いの実現は、僕のような近い世代の設計者こそ真剣に向き合って、応えていくべきことではないかと思ったんです。
ーそうしたお話を聞くと、大人世代のリノベーションのテーマは「自己実現」と言えそうです。
そうだと思います。それを踏まえた上で、それに応えるデザインができるかどうかが大事だと思います。今、リノベーションが進行中の70代のお客様は、ご主人がお亡くなりになって一人暮らしになることを機に、家族と暮らしてきた家をフルスケルトンからリノベーションすることに決めたんです。家財も遺品も、みんな整理して。それは彼女の「新しい生活を始めよう」という決意なんですよね。かかる費用は決して安くないし、あと何年そこに住むのかということは、もちろん彼女も意識していると思います。でも、建材のショールーム巡りを「楽しくてしょうがない」と話す彼女を見ていると、これから先の人生を精一杯楽しみたいんだという思いが伝わってきて、とても大事なことを託されているんだなと感じます。
中古リノベーションは若い人たちだけの選択肢ではないし、大人世代に対しても、リノベーションだからこそ応えられることがたくさんある。「大人のリノベ」を立ち上げた理由には、そのことをもっと提示していきたいという思いもありました。
ーこれまで「大人世代の家づくり」というと、住まいや設備の「古さへの対応」や、バリアフリー化など「老いへの対応」といった印象がありました。
設計時は、そういったことももちろん配慮するんですが、いかにも高齢者仕様なつくりはやっぱり嫌ですよね。最初からそういう仕様にしてしまうのではなく、そのときが来たら対応できるデザインにしておくことは、設計のテクニックでいくらでもできるんです。
例えば、廊下に対してトイレを垂直に配置するのではなく、並列に配置するんです。それはどういうことかというと、要介護者の人を正面側からトイレに座らせていくのはとても大変な作業で、横側から座らせていくほうが格段に楽なんです。洗面台だって、今流行の下部収納のないカウンタータイプにしておけば、もし将来車椅子になっても問題ない。手摺にしても、どんな身体状況かによって手摺が必要な位置や本数が変わってくるので、今からつけなくても必要になったら取り付けられるようにしておけばいいわけです。
ーそうした住まいなら、未来をポジティブに考えながら生活できそうです。
そういったことができるのも、リノベーションだからこそだと思うんです。新築でもできますが、コスト的にも、供給側のビジネス的な組み立ても難しいんじゃないかと思います。リノベーションのほうが、そこに暮らす人の個別性に合わせていきやすいと思いますね。
ーバリアフリーと同時に着目されるのが、住宅の温熱環境です。内山さんは、住宅の断熱性能向上のための取り組みもライフワークにしていますね。
断熱性能を高めることは、住宅を社会ストックとして長持ちさせるという意味でも重要なんですが、僕らが一番伝えたいのは、冬暖かく夏涼しい家に住むことで、「ライフスタイルがどう豊かになるのか」ということです。
今までエコハウスは、CO2が削減できて環境に良いとか、光熱費がいくら削減できましたとか、そういった切り口で語られることが多かったんですが、それだけじゃ誰もつくらないし、買わないんですよね。最近は、国土交通省がエコハウスと健康についての研究(※2)をしていて、どんな影響が及ぼされるのかについてのエビデンスが出てきています。「血圧が下がる」とか「認知症のリスクが下がる」とか、「心疾患や脳疾患のリスクが下がる」とか。つまり、「健康に生きられる」ということがわかってきました。
それがライフスタイルをどう変えるのかというと、例えば若いファミリーで仮定すると、「子供が風邪を引いてお出かけできなくなった」ということが減るわけです。「あんなことができたね」「こんなところに行ったね」そういった思い出がつくれるというのは、人生の中でとても重要なことですよね。
ー大人世代の場合は、断熱性能を高めるか否かで、数年後の生き方がシビアに変わってきそうです。
人の生命を守る場所としての住宅の性能が、きちんと確保された家をつくっていかなければならない。そうした家は、ライフスタイルが変わっても、ずっとリノベーションして使い続けることができます。これからの世の中には、そんな住まいが必要だと思います。
ーここまでお話に出てきたお客様の例だけをみても、大人世代は住まいへの志向も暮らし方も、一様には語れないことがわかりますね。
本当にそうで。ずっと独り身という方もいれば、配偶者と死別した高齢の方、シングルマザーやシングルファザー、お子さんのいないご夫婦もいる。家族形態も暮らし方も多様化しているわけです。なのに、供給される住宅は画一的なままで、選択肢がない。
僕の事務所では、賃貸住宅もいくつか手掛けているんですが、最近は35㎡くらいの「1.5人向け」という物件をよく企画しています。休日に友人やパートナーと一緒に過ごしても窮屈じゃなくて、1人でもゆったり暮らせるサイズの住宅です。ワンルーム物件は将来2戸をつなげられるようにするなど、賃貸住宅としての事業性や他の物件との差別化も意識していますが、多世代や多様なライフスタイルを受け止める、持続可能な住宅にすることを常に考えて提案しています。
また、今の時代に住宅をつくる立場の者として、社会問題となっている片親世帯の貧困や、生活困窮者、高齢者の独居といった課題にも、向き合っていかなければいけないと思っています。ライフステージが大きく変わったときに、身の丈に合った住まいをと思って住み替えたら、それまでの家と質が全く違う、寒くて暑くてうるさくて、といった環境に身を置かねばならなくなるのは、ものすごく辛いこと。だから、賃貸でも所有でも、等しく豊かに住めるようにしていきたいんです。そもそもリノベーションというものは、住宅ストックの解決など、社会問題を解決する為の手段のひとつでもあったはずで、その役割は今も変わりません。
死ぬまで、自分で住まいを選択して、自分が好きなところで暮らせる。福祉の世界で「ハウジングファースト」と呼ばれる考え方なんですが、これからの大人世代の住まいと暮らしを考えるときは、そういった思いも胸に抱きながら、未来に向けて住まいをつくっていくことが大切だなと考えています。
ーそうやって最後まで住まいが自由に選択できるようになったら、世の中が生きやすくなりそうです。
僕自身も独り身ですから、この先の暮らしがどうなっていくのかわからない。同世代で集まると「もしみんな60歳を過ぎても独りだったら、みんなで住もうか」と話したりするんですが、そんな暮らし方も、非現実的な話ではなくなってきているんだろうなと思います。一緒の家に住むのではなくても、自分の家と職場のほかに、仲間と一緒にいられる場所や機会があること。そういったコミュニティは、セーフティネット的な存在にもなり得るのかな、と思いますね。
ーそういったサードプレイスと呼べるような場所の、これからの大人世代の暮らしにおける必要性については、どうお考えですか?
すごく大事だと思いますね。興味深い例を挙げると、僕が断熱ワークショップを行わせてもらった川崎市の住宅団地の集会所があって、そこは400世帯ほどある大きな団地なんですが、それまで集会所がなかったんです。そこで、団地内にある一軒の空き家を、川崎市が間に入って町会が借り上げる形にしたんです。そうしたら何が起こったかというと、麻雀大会が始まり、お話し会が始まり、と町内の人たちが集まるようになったんですね。
ちなみにその空き家は、持ち主の家財がそのまま置いてある部屋もあって、町会が維持管理を行う代わりに家賃は発生しないという契約になっています。すごくいい仕組みだなと思って。これもひとつのサードプレイスのあり方ですよね。今後も増えていく空き家や空室を、仲間と一緒に借りたり、マンションの管理組合で借りてオープンな場所として使うとか、そういう可能性も見えてきますよね。
ー内山さんは50代を迎えて、ご自身の暮らし方やこれからについての考え方に変化はありましたか?
歳を重ねることで何かが劇的に変わった、というのはないんですが、コロナ(新型コロナウイルス)の影響で変わったことは多いですね。暮らし方もそうですし、働き方も。以前の自分は、リモートワークで仕事ができるなんて、全然思ってなかったんです。みんな一緒の場所で、顔を合わせて仕事をすることが大事だと思っていた。でも結果は、リモートワークになっても事務所のスタッフの生産性は落ちてしないし、僕もたぶん以前より仕事ができている。多摩川の土手でリモートワークすることもありますよ。
ー自宅で過ごす時間が増えると、暮らし方も変わってきそうです。
僕は、特に食事が大きく変わりましたね。事務所に出ていた頃は「ただ食べる」という感じだったけれど、今は「どう食事をとるか」が日常の中で大切なことになりました。自炊もするけど、時々は夕食を食べに自由が丘に出かけてみたり。近所ですが、随分気分転換になります。
ーこの家をご購入なされたばかりなので、すぐに住み替えるビジョンはないと思いますが、これから先の将来、してみたい暮らし方はありますか?
海や山のそばに住みたいという気持ちがずっとあるので、いつかはそうするんじゃないかなぁと思っています。でも隠居というイメージでは全然なくて、仕事もたぶんずっと続けるし、仲間にも会いに行けばいい。そんな生活を想像しています。
(※1)Case Study>東京都世田谷区 S様邸
(※2)国土交通省スマートウェルネス住宅等推進事業「断熱改修等による居住者の健康への影響調査」
text_佐藤可奈子
photo_totonoi編集部/スタジオA提供