アートをつくる側と感じる側、双方に出会いがある場所

▶︎JR南武線・武蔵新城駅徒歩3分の場所にある『CHILL』。大胆なグラフィックはWHW! CHALKBOYさんの作

大人世代の豊かなライフスタイル実現をコンセプトにしているtotonoiでは、リノベーションによる「自分らしい家づくり」を提案するだけではなく、カフェや趣味のクラブなど、家以外の居場所、“サードプレイス”という存在にも着目しています。“サードプレイス”とは、“自宅”(ファーストプレイス)でも“職場・学校”(セカンドプレイス)でもない、自分にとって心地の良い時間を過ごせる第3の居場所のこと。アメリカの都市社会学者、Ray Oldenburg氏が1989年に発表した著書「The Great Good Place」の中で提唱した言葉で、Oldenburg氏はそこを“創造的な交流が生まれる場所”とも定義しています。今回訪ねた『CHILL』は、まさに街の人々のサードプレイスと呼べる場所でした。

▶︎3階へ続く2階通路は、アートやグリーンが飾られた“通路美術館”。アートとの予期せぬ出会いが生まれる場所

2020年の8月にオープンした『CHILL』。“文化醸造複合施設”と銘打たれたこの施設があるのは、川崎市の武蔵新城。近年開発が目覚ましい武蔵小杉と溝ノ口のあいだにある住宅地です。リノベーション前は、設備の老朽化を理由に廃業したサウナでした。外壁のグラフィカルなサインペインティングに誘われて2階入り口へ上がると、出迎えるのは花やグリーン、アートが飾られた空間。ここは“通路美術館”と呼ばれており、3階のフードラウンジへ行く道すがら、アートに触れ合うことができます。

▶︎2階通路の片側はアーティストやクリエイターのアトリエ。現代装飾作家や花屋、画家が入居しています

展示されているのは、2階にアトリエを借りているアーティストやクリエイターたちの作品。通路の片側はクリエイターやアーティストのアトリエになっており、壁で仕切られていないオープンスペースや、大きなガラスで仕切られたブースの中で作業する様子を眺められるようになっています。

このフロアにはブース貸しのシェアアトリエもあり、複数人のアーティストやクリエイターが利用中。入居者の中には、これまで会社に勤めるかたわら自宅で作品制作をしていて、CHILLでアトリエを借りるのを機に会社を辞め、アーティスト活動に専念することを決めた人もいるそう。

▶︎元浴場を改装したシェアアトリエ。入居しているアーティストやクリエイター間にも交流が生まれます

今は自宅で創作活動をしているという人も、手狭になったり生活との兼ね合いが取りにくくなってきた時、こうしたブース借りできるアトリエがあると創作スペースの確保がぐっと実現しやすくなりそうです。入居者のひとりで、自分も以前は自宅で制作を行なっていたというアーティストのyutaokudaさんは話します。

「ただ制作場所を確保するだけなら、仲間と一緒に物件を借りてシェアするスタイルでもいいと思います。だけどそこは制作のためだけの場所で、閉じたコミュニティになってしまう。僕がここを借りたのは、古い建物を壊すのではなくリノベーションして使うという施設コンセプトへの共感からでした。自分がいいなと思った場所には、きっと同じような感覚を持つ人たちが集まってくるはず。そうした人たちと出会い、関われる場所というのが魅力でした」(yutaokudaさん)

▶︎入居者であるペイントアーティストのyutaokudaさん(右)と、フラワーショップ『hana-naya』の白川崇さん

2階での取材中も、3階ラウンジの利用者の方が興味深そうにアトリエを覗き込んだり、壁のアートを眺めたりしていました。美術館に行くよりももっと気軽に、食事やお茶を目的にした日常の行為の中でアートに出会える。ここで創作活動を行うアーティストやクリエイターには、制作という日常の行為をしながら新しい出会いがある。ただの通路でもシェアアトリエでもない、感性の交流が生まれる場所になっていました。

「カオス」な空間が多様な人とシーンを受け入れる

▶︎3階のフードラウンジは、サウナ施設時代は休憩所&飲食スペースだったところ

“通路美術館”の先にある3階は、ワンフロア200㎡を超える空間にゆったりと席が配置されたフードラウンジ。4つの厨房から提供される料理やドリンクをキャッシュオンで購入し、好きな座席で楽しむことができます。

「CHILLのコンセプトは、”食とアートと音と映像と”。ここに来ると、心が動く何かに出会える。そんな場所にしたいと思っていました。食事をとるのも、お茶をするのも、お喋りをするのも、音楽を聞いたり映画を観るのも、ぼーっとすることも。すべて家でできることなんですが、それが家ではない、非日常的なところでできる。日常の中にある、非日常の場。街の人たちの暮らしに、そういう場所が必要だと思ったんです」(和泉さん)

▶︎建築・不動産・デザイン・金融を通した場づくりをプロデュースをしているBonVoyage代表の和泉直人さん

そう話すのは、BonVoyage代表の和泉直人さん。オーナーからこの建物の再生活用を依頼され、『CHILL』を企画・プロデュース。現在は施設の運営にも携わっています。塗装されたレンガ壁やコンクリートブロックなど、ラフな雰囲気の空間に不揃いのヴィンテージ家具がゆったり配置された様は、90年代後半から00年代のカフェブーム時代の隠れ家的なカフェたちを思わせます。

「リノベーションのコンセプトは“上品なカオス”。ここ川崎エリアは、溝ノ口や武蔵小杉などの再開発でタワーマンションや商業施設ができ、他地域から来た新しい住人も増えて、新しく綺麗な街のイメージが生まれつつある一方、街には昔ながらの雑多でアングラな部分も多く残っている。そうした、この街の文脈を感じられるような場にしたかったんです。だから、家具は一揃えにするのではなく、いろんなところから集めたもの。壁仕上げも各所で変えています。この街に住むいろんな人たちに受け入れてもらえる場所を目指しました」(和泉さん)

▶︎ほの暗いフロアにゆったりサイズの不揃いなヴィンテージ家具が並ぶ様は、隠れ家感があります

建物の活用方法を検討するにあたり、和泉さんは廃業したガソリンスタンドに業務用の巨大プールを置いて地域の人たちに開放。そこへ訪れた地域の人たちに声をかけるというユニークな方法で、街での暮らしをヒアリングしたのだそう。そこで聞いたのは、「お出かけ先が武蔵小杉などのターミナル駅しかない」「家庭中心の生活でも、自分らしく過ごせる時間がほしい」といった声。地域の人たちの社交場所となり、文化的刺激が得られる場所のニーズと、元々の建物の構造上、3階にしか飲食スペースを設けられない事情が組み合わさり、アーティストたちのアトリエを通り抜けてたどり着く、隠れ家感のある空間構成に至ったと言います。

自分らしい働き方やチャレンジを後押しするシェアキッチン

▶︎低いソファ席やテーブル席、子連れにもうれしい小上がりスペースなど、さまざまな席がシーンと気分で選べる

友人とお喋りを楽しみたい人にも、一人で気分転換をしたい人にも、さまざまな日常のシーンを受け止める場所になっている『CHILL』のフードラウンジ。昼は子連れのママたちや大人世代のご夫婦、夜は家族連れやカップル、一人客など、多様なお客様が訪れているそう。そうした幅広い世代のお客様に利用されている理由は、4つの厨房によるフード提供というスタイルにもありました。

「この規模の店を1店舗で運営していくのは難しいという運営上の理由もありましたが、選択肢が複数あった方が単純に楽しいよねという理由もあります。イメージしたのは“かっこいいフードコート”。厨房の1つには地域のお店に入ってもらいたいという思いがあり、真っ先に声をかけたのが武蔵新城にある生パスタが人気のイタリアン『Cafe Hat』でした。『CHILL』ではお米を使ったメニューも展開してもらっています。彼らが2号店としてここに入ってくれたことは、いろんな年代の方が来てくれるきっかけになっています」(和泉さん)

▶︎二つのシェアキッチンと『Cafe Hat』2号店、『BonVoyage LOUNGE』がフードとドリンクを提供

『Cafe Hat』2号店である『CAFE Hat rilassato』以外の厨房のひとつは、『BonVoyage LOUNGE』。和泉さんが自社で運営をしている店でもあり、ご友人である中目黒の『ONIBUS COFFEE』に提供してもらっているシングルオリジンのスペシャリティコーヒーや、旬の果物や野菜を使ったスムージー、「SORACHI1984」の生ビールなど、自分たちが本当に美味しいと思えるものだけを並べたそう。あと2つは『GOOD NEIGHBOR’s KITCHEN CH』と『GOOD NEIGHBOR’s KITCHEN B/P』で、こちらは日によってオーナーが変わるシェアキッチン方式。さまざまなシェフの料理や、ベイカー、パティシエによるパンやスイーツを楽しめるようになっています。

「オープン準備中に新型コロナウイルスの感染拡大があって、シェアキッチンは運用方法を仕切り直し中なのですが、当初は曜日や数日ごとにオーナーが替わるスタイルを考えていました。厨房に入る予定だったのは、子供が大きくなってまた働きたいと考えていた元シェフの女性や、いつか自分で店を持つためのチャレンジとして営業してみたいという方でした」(和泉さん)

▶︎『CAFE Hat rilassato』のランチセットと『BonVoyage LOUNGE』のスペシャルスムージーとオリジナルコーヒー

シェアキッチンはそれぞれ本格的な厨房設備を備えており、菓子製造許可も取得済み。これまでは自宅で菓子づくりやパンづくりをやっていたという方も、食品衛生責任者の資格を取得すれば、ここで製造から販売までを行うことができます。

「今は、一週間単位や一ヶ月単位での入れ替わりを考えていて、新しく飲食を始めたい方の利用はもちろん、地域の飲食店にポップアップで使ってもらうのもいいかもと思っています。地域には美味しい店がたくさんあります。でもそこは食べることに特化した空間で、そこでくつろぐこともできる店は少ない。地域のお店と住人が出会うきっかけがつくれたらと考えています」(和泉さん)

心地よい“刺激”が日々の暮らしを豊かにする

▶︎3階フードラウンジの一角を使ってライブを催したり、映画などの映像作品の上映も行っていくそう

『CHILL』では今後、定期的なライブや映画など映像作品の上映も予定しており、2020年10月末には第一回のライブが行われました。

「ライブも日常的な存在にしたいので、週一回ぐらいのペースでできたらと思っています。音楽や映像も、若手クリエイターの作品や、自分ではなかなかたどり着けないような映画、子育て世代向けに教育系ドキュメンタリーを流すのもいいかな、なんて考えています。ほかに、地域で活動する人を講師に招いて『スクールX(エックス)』というスクールも計画しています。なんで“X”なのか? 各スクールの詳細はもちろんお知らせしていきますけど、ジャンルを限定したくないんです。“未知の何か”に出会えるってことです(笑)」(和泉さん)

▶︎和泉さんはキッチンに立つことも。入居者やお客様との日々の触れ合いもアイデアの源泉になっている様子

多忙な都市生活者やコミュニティ不足な世の中に必要なものとして、近年着目されてきた“サードプレイス”。そこへ訪れたwithコロナ時代。働き方が見直されるきっかけにもなりましたが、自宅中心の生活となり、新しいものや人との出会いの機会が減ってきています。そうした中、『CHILL』のような場所が日常の暮らしのそばにある意義は、これからの世の中で一層大きくなっていくのではないでしょうか。

「サードプレイスとは、“こういうもの”と定義できるものではないと思いますが、僕の考えを言うなら、“自分の生き方を豊かにできるスパイスがある場所”、ではないでしょうか」(和泉さん)

そんな「もうひとつの居場所」が私たちの暮らしの中に増えていったら。と想像が広がる、心地良い刺激をいただいた『CHILL』の取材でした。

▶︎「上品なカオス」をテーマにしたリノベーションとインテリア。隙のある雰囲気が誰をも受け入れくつろがせる

text_佐藤可奈子
photo_totonoi編集部

『CHILL』
神奈川県川崎市中原区新城5-7-12
JR南武線・武蔵新城駅 南口から徒歩3分
営業時間
11:30〜15:00、17:30〜21:00
月曜11:30〜15:00のみ
水曜9:00〜15:00、17:30〜21:00
日曜定休
『CHILL』Facebookページ