
「もともとは、夫と一緒に山形への移住を計画していたんです。夫は向こうで仕事を見つけたりして、色々と動き出している中で病に倒れてしまって、その夢は叶いませんでした。」
後に残されたのは、「これから一人でどう生きていくか」という切実な問いです。 当時暮らしていた都心のUR賃貸は、ご主人が家賃を負担していたこともあり、一人で住み続けるにはあまりに高額でした。
「『将来のことを考えれば、賃貸よりも持ち家の方が安心かもしれない』と考えて物件を探し始めたものの、都心の中古マンションは7,000万円超えが当たり前の世界。とても手が出る金額ではないですよね。」
K様はtotonoiの姉妹事業であるEcoDecoへ物件探しからご依頼され、エリアを限定せずに物件を探していきました。その中で目を向けたのが、郊外の「団地」でした。物件価格を抑えれば、その分をリノベーション費用に回せる。そして何より、手持ちの資金で無理なく購入でき、将来の不安を解消できる。 夢見ていた移住とは違う形になりましたが、これはK様がご自身の足で人生を前に進めるために選んだ、賢実な答えでした。

「ここは、緑も多いし、ちょっとのどかでいいかなと思って。それでいて敷地の隣もすぐそばも大きなお店がいくつもあるので、便利なんです。車もあるので、重い物を買う時は、車で買いに行くようにしています。ただ、ここは都心から離れているので、お墓がある谷中に行くと、やっぱり23区内っていいなと思うこともあります。それぞれの良さがありますよね。」
郊外ならではのゆとりある暮らしを満喫しつつ、住み慣れた都心の空気感も「やっぱりいいな」と懐かしむ。今の暮らしに充足感があるからこそ、かつて住んだ場所の良さも素直に認められるのかもしれません。迷いではなく、両方の良さを知るK様ならではの豊かな感性がうかがえました。
かつて助産師として分娩室や手術室の最前線に立っていたK様。そこは、いつ訪れるかわからない「新しい命の誕生」と隣り合わせの場所でした。
「『満月の夜や台風の日はお産が重なる』……助産師の世界では、そんな先輩たちの経験に基づいた言い伝えが今も息づいているんです。気圧が不安定になったり、月の力が満ちたりする日は、現場に独特の緊張感が走るんです。私もそんな日は、『今日はきっとお産が続くから、気を引き締めよう』と、自分に言い聞かせるように準備を整えていました」(K様)
自然の営みには抗えない。だからこそ、月の満ち欠けや空模様に心を配り、準備を欠かさない日々。時間通りにはいかない仕事の中で、自然と気を張る時間は長くなっていきました。それは家庭に戻ってからも、夫や親の介護という形で続いていきます。その後、訪問看護師として数多くの暮らしの現場に接する中で、K様はある現実に直面しました。
「訪問先で目にする光景は、隅々まで整えられた家か、あるいは、足の踏み場もないほどモノが溢れてしまった家のどちらかが多かったんです。綺麗に整っているお宅の多くは、ヘルパーさんが定期的に整えてくれているか、ご家族が献身的に支えてくださっていたりしています。一方で、モノが溢れてしまうのは、決してその方の関心がなくなったからだけではなく、片付けたい、動きたい、というお気持ちがあっても、体が思うように動かず、どうしようもできない……そんな切実な状況があるのだと感じました。」(K様)
気圧の変化で体調が揺らぐように、老いという抗えない波の中で、かつて当たり前にできていた「自分を整えること」が少しずつ難しくなっていく。
「家が乱れていくのは、その方の『セルフケア』が限界を迎えているサインなのかもしれません。暮らしを支える土台は、まず自分自身の心と体を慈しむことにあります。かつて、忙しさに備えて自分の気を引き締めていたように、これからの人生も、まずは自分自身の状態を丁寧にケアしていく。その土台があってこそ、心地よい生活を繋いでいけるのだと、今あらためて自分に言い聞かせています。」(K様)
年齢を重ねると、若い頃には気にならなかったことが、日々の小さなストレスや不安に変わることもあります。 K様の住まいには、ご自身の身体感覚と、親御さんの介護経験から得た教訓が随所に反映されています。
「直接的な照明の光が眩しくて疲れるんです。そんな実感から、天井のシーリングライトで部屋全体を均一に照らすのではなく、間接照明を中心にした柔らかい照明計画にしてもらいました。」
壁や天井に反射する穏やかな光は、刺激に敏感になった目を休ませてくれます。

「リビングの床には、ラグやカーペットを敷いていません。これは、親の姿を見て『家の中のほんのわずかな段差でも、つまづきの原因になる』と痛感したからです。」
何よりもまずは安全であること。ラグを敷かないことで、つまづく不安がなくなるだけでなく、掃除機もかけやすくホコリもたまらない。転ばぬ先の杖を、住まいの仕様として先回りして取り入れています。

「リノベーションを機に、主人が残した大量の蔵書やレコードは、思い切って手放しました。以前、両親の実家や主人の仕事場を私一人で片付けたことがあるのですが、残された者が大量のモノを整理するのは、肉体的にも精神的にも本当に大変で……。その経験から『モノを増やすことの怖さ』が身に染みているんです。」
この経験からK様は今は、『ひとつ買ったらひとつ手放す』がマイルール。今の住まいにあるのは、お祖母様、お母様から受け継いで修理した水屋箪笥など、本当に大切にしたいものだけ。ご自身の将来のためにも、余白のあるこの身軽な暮らしを維持していきたのだそう。

今は不自由なく動くことができているK様ですが、これから先何が起こるかわかりません。いざというという時のために、家の中にある扉は引き戸だけ。洗面所もリビングへの扉も引き戸にしています。

▶︎洗面所:下に収納のないシンプルな造りに。ミラーは「近くで見たいけれど既製品の伸縮式のミラーはイメージではない」というご要望に応え、開閉式で顔に近づけて使える造作

▶︎トイレ:リノベーション前と位置は同じですが、個室にせず、洗面脱衣室一体としたので広々と使うことができています。床材は水に強く、掃除がしやすいBOLONを採用

▶︎玄関:広い玄関土間からLDK側を見た様子。引き込み戸のため、完全に開けて開放的に過ごすこともできます

▶︎収納:右手前が下足棚、奥が大物収納、右手に入るとウォークスルークローゼットになっている大きな収納スペース。いずれも扉をつけていないので、湿度調節がしやすいメリットも
K様のリビングには、日本の冬の定番である「コタツ」がありません。
これには、単なるインテリアの好み以上の、ある決意が込められているんです。

▶︎リビング:大きな家具はできるだけ置かず、テレビや時計も床置きにされていました。余白が多い分、より広々とした印象に
「きっかけは、90代になっても背筋を伸ばし、きちんとした生活を送っている知人の言葉でした。 『コタツは絶対に買ってはダメ。あると生活も自分もだらけてしまうから』と言われて、とても共感したんです。」
暖かくて心地よいけれど、一度入ると動けなくなってしまうコタツ。そこから卒業し、テーブルと椅子で生活する知人の姿に憧れを抱いたK様は、ご自身もそのスタイルを取り入れました。
「楽なほうへ流されるのではなく、いつまでも自立して、凛とした姿勢で暮らしたいんです。」
家具ひとつの選び方にも、K様のこれからの生き方への美学が感じられます。
もちろん、心の栄養となる暮らしの中にある楽しみのための空間づくりも忘れていません。
「パン生地を思う存分こねるためにキッチンには人工大理石のカウンターを作りました。日当たりの良い窓辺には、盆栽のためのインナーテラスもあります。オーダーメイドですので、カウンターの高さや大きさ、素材も自分にぴったりで気に入っています。」
趣味の時間に没頭できる場所を作ったことで、暮らしに瑞々しい彩りを与えてくれます。

▶︎キッチン:木製の造作キッチン。人工大理石天板のカウンターはパンをこねるときに足が入れられるよう、カウンター下をあけています


祖母から母へ、そしてK様へと受け継がれた水屋箪笥。リビングの目立つ場所へ置かず、ベッドサイドに寄りそうように置かれています。
「リペアに出して、綺麗になって帰ってきました。ガラス戸の中が生地みたいになっていて、ここを例えば母の着物に変えることもできますよって言われたんですけど、まだ綺麗ですし、買ったときのままにしています。」
朝目覚めた時、夜眠る前。静かな時間に向き合える場所に置くことで、思い出との程よい距離感を保っているように感じます。

一方、リビングの棚には、かつてご主人が集めていたコレクションが、旅の思い出やお気に入りの雑貨と共に並びます。
「本棚に少しだけレコードを置いてるのですが、全部主人のものなんです。本当はまだこの3倍ぐらいあるんですよ。残りはクローゼットの奥にそのまま箱に入れてしまってあって、いつか売ろうかなって思っているものの、重くて出すのも大変でそのままになっています。」
余裕のあるライブラリーを生かして、今はインテリアの一部として、少しだけご主人の気配を残していらっしゃるK様です。

亡きご主人のお仏壇は、従来のお仏壇ではなく、シェルフに納めています。
「このシェルフは仏壇の代わりとして購入しました。一部は書類を収納しています。」
祈りの場が特別なこととして切り離されるのではなく、日常の暮らしの中に自然と溶け込んでいます。形にとらわれることなく、今の暮らしにすっと馴染むものを選ぶ。そんなK様の実践するスタイルは、現代の住まいにおける、等身大で心地よい供養の形を教えてくれているようです。「いかにも仏壇」という形式よりも、静かに手を合わせるその時間を大切にする。そんな姿に、本当に大切なことは何なのか、改めて気づかされました。

自分の気力を奪わないサイズ感。 目に優しい光、つまずかない床。 そして、自分を律してくれる家具選び。これからの住まいづくりに必要なのは、誰かに見せるためのデザインではなく、自分らしく、自立して暮らすための軸と美学です。
「賃貸か購入か、老後の住まいに迷っている」「手持ちの資金で、どれくらいのことができるのか知りたい」
そう感じている方は、ぜひtotonoiにご相談ください。 K様のように、あなたの人生の状況と予算に寄り添い、これからの人生を支える住まいを一緒に考えましょう。