人生観を変えた、自然派ワインの世界との出会い

ーそもそも「自然派ワイン」とはどのようなワインを指すのですか?

自然派ワインは、有機栽培したブドウを、ブドウについている天然酵母だけで発酵させて、添加物や酸化防止剤を極力使わないか、まったく使わないで造られたワインのことです。農薬を使わずに健全なブドウを育てるのはとても大変なことで、収穫時も機械を使わずに手で摘み取ります。醸造の段階でも、極力何も足さない、引かない。自然派ワインは、気象条件や土壌、地形といった土地の個性と造り手の仕事や思想が、そのまま味わいに反映されるんです。

▶︎鈴木さんが自然派ワインに出会ったのは会社員時代の2009年ごろ。当時はただ食べることが大好きなイチ飲み手だったそう

 

ーそんな自然派ワインに、鈴木さんが傾倒することになったきっかけは何だったのですか?

そもそも私はそんなにお酒好きというわけではなかったんです。ただ、食べることが好きで、食事と一緒にワインを楽しむことは好きでした。そんなある日、アンリ・ジローのシャンパーニュ「フュ・ド・シェーヌ」を飲んで、「この液体はすごい!」と強烈に惹かれたんです。それは、RM(レコルタン・マニピュラン)という、ブドウを育て、醸造する小規模生産者のものでした。そこへ元来のオタク気質が出て、「この不思議な液体のことをもっと知りたい」と思い、自然派ワインのことを調べ始めました。当時はまだ自然派ワインを提供しているお店は少なくて、酒屋さんや自然派ワインのインポーターが開催している試飲会へ行ったり、愛好家によるワイン会に参加していました。

単純に「美味しかった」ということもありますが、私が自然派ワインに惹かれた一番の理由は、それらが造られる背景にあるストーリーでした。自然派ワインは人の手仕事で造られていることがわかる、個々の個性が溢れる液体なんです。

自然派ワインの造り手のことを「ヴィニュロン(Vignerons)」と呼ぶのですが、これはブドウの栽培とワイン造りまでを行う人のことで、「ブドウづくりが90%、醸造は10%」と言う造り手がいるぐらい、自然派ワインではいかに健全なブドウをつくるかが重要になるんです。そうやって、大変な思いをしながら手仕事で造られている飲み物だと知ったら、ぐっと造り手を身近に感じて、興味が一層高まりました。そうして、造り手たちを訪ねるようになりました。

▶︎自然派ワインへの思いが募り、2012年から造り手訪問をスタート。彼らのことをより深く知りたいと、フランス語も習得中 

 

ー自然派ワインの造り手を訪ねることは、今や鈴木さんのライフワークになりました。プライベートでフランスの造り手のもとへ赴く熱意がすごいです。

パリに部屋を借りて東京と行き来をしていた時期もあって、その頃は一年のうち5か月くらいをフランスに滞在し、折々、各地の造り手を訪ねて過ごしていました。その後は2週間〜1か月の滞在を年に3回くらい。コロナの影響でしばらく行けませんでしたが、去年、約一年半ぶりに行けました。

「この作家の器好きだな」と思ったらその作家に会いに行きたくなるように、気になるミュージシャンがいたらそのコンサートに行きたくなるように、私の中ではすごく自然でシンプルな動機でした。フランス語を学んでフランスと東京の二拠点生活をするまでに至ったのは、自分でもびっくりしましたけど(笑)。

自然派ワインの造り手たちに実際に会ったら、自然と共存して生きる彼らからたくさんのことを教わりました。とてもシンプルな暮らしながら、満ち足りているんです。文化の違いから学ぶこともありました。日本のような「察する文化」がなくて、「自分と相手は違う」という考えなので、「自分はどうしたいか」を発言するのが当たり前。人生観が変わりました。今では彼らを訪ねることが本当に私の喜びで、行かないと自分が枯渇するような気持ちになるぐらい、大切で大好きな世界です。ただ「美味しい」だけだったら、多分ここまでハマっていなかったと思います。

▶︎2022年4月には『自然派ワインをはじめよう』を上梓。自分らしい自然派ワインの楽しみ方を見つけるヒントが詰まった一冊

 

ー自然派ワインの味について、鈴木さんの著書「自然派ワインをはじめよう」では、「自然に造られたワインは毎年味が違って当たり前」と、そんな均質化されていない味わいを楽しむことも面白さだと綴っていましたね。

そうなんです。同じワイナリーの同じ年のワインでも、瓶単位ですら個体差があったり。でもそれはよく考えたら当たり前のことで、自然が1日として同じ姿をしていないように、均質化されているもののほうが不自然なのかもしれません。造り手の方たちはいつも、「それで、純子はこのワインをどう思うの?」と聞くんです。そして「純子がこのワインを好きなら、それでいいんだよ」と言う。音楽やアートは、感覚的に楽しむものですよね。自然派ワインも、それでいいと思うんです。自然派ワインの世界を通じて、もっと自分の中の「好き」という気持ちや「良い」と思う感覚を大事にしていいんだ、「豊かに生きる」というのはそんなシンプルなことなんだと知りました。

 

図らずも得たゆとりの時間を、ワインショップを始める好機に

ー鈴木さんは自然派ワインのオンラインショップを運営しながら、アタッシェ・ドゥ・プレスとしてのお仕事も継続なされていますね?

立ち上げからずっと関わらせていただいているのは、「やいづ善八」というおだしのブランドなど。食をはじめ、ライフスタイルの分野で、コミュニケーションやPRのお仕事をしています。

フリーランスの立場として、PRやブランディングのお仕事を始めたのは、以前勤めていた会社を辞めたあと、たまたまお声がけいただいたことがきっかけでした。友人たちには「今のうちに一度ゆっくりしなよ」と言われながらも、立ち止まることに何となく恐怖があって、そうしたらあっという間に忙しくなって。あの時ゆっくりしておけばよかったと、今になって思います(笑)。

▶︎鈴木さんがPRを手がけている「やいづ善八」の商品。独自の堅魚煎汁製法で鰹本来のうま味を引き出した鰹だし

 

ーそんな多忙な生活の中ワインショップをオープンしたのは、いずれはそういったことがしたいという気持ちがあったのですか?

造り手のもとへ通ううちに、いつかは自然派ワインに直接関わる何かができたらという気持ちを抱くようになりました。ですが、仕事で慌ただしく過ごす日々の中で、どういった形でそれを実現できるかを、数年考えていました。そうしたなか、新型コロナウイルスの影響で抱えていたPRのお仕事のいくつかが白紙になり、思いがけず時間にゆとりができたんです。

その時思い出したのは、フランスでの生活でした。パリに部屋を借りていた頃、日本で受けている仕事はリモートでやるし、暮らしがすごくシンプルになったんです。東京はしょっちゅういろんなイベントがあったりして、忙しないですよね。フランスの人たちの楽しみかたは、公園でピクニックをするとか、友達の家に集まるだとか、美術館に行くといったもので、東京よりシンプルでした。

だからコロナが流行したはじめの年は、すっとその日常に馴染むことができて。朝起きて、走って、仕事をして、ひと段落したら夕方からスッとワインを飲み出す(笑)。そんなシンプルな暮らしの中で、梅干しを作ったり柚子胡椒を作ってみたりするぐらいの余裕も生まれて。数年あたためていたワインショップづくりに取り掛かることができました。

▶︎お話を伺った場所は都内にある鈴木さんのご自宅。ワインの貯蔵庫として借りている事務所と行き来して仕事をしています

 

「お作法はない」がお作法。自然派ワインのある豊かな時間の提案

ー鈴木さんのワインショップ「bulbul」では、「今月のワインセット」というおすすめの自然派ワインとおつまみなどのセット商品がありますが、「内容は届くまで秘密」というのがユニークです。

造り手のところに行くと、楽しい時間の傍らにはいつもワインがあるんです。そんな、ワインのある豊かな食卓や時間を届けたいと思って、おつまみもセットにしました。

毎回、お送りしたうちの5本のうちの3本のワインと、おつまみを発送後にSNSで公開していますが、お客様は届くまでどんなワインが入っているかわかりません。なぜそうしたスタイルにしたかというと、選べる人は自分で選んで買えますよね。でも、「何を選べば良いかわからない」という人も多いと思うんです。

自然派ワインは「自由なワイン(Le vin Libre)」とも呼ばれていて、ソーヴィニヨン・ブランだからこういう味、ピノ・ノワールならこんな味という、いわゆる「ワインの教科書」にあるような味や特徴から、あえて逸脱しているものも多いんです。そんな自由な自然派ワインだからこそ、味わいに関係のない情報や知識から出会うのではなく、まっさらな状態で出会ってほしいと思っています。

▶︎「bulbul」が届ける自然派ワインはすべて鈴木さんが試飲してセレクト。ご自宅のセラーにはワインがぎっしり詰まっていました

 

ーセットの内容は、いつもどのようにセレクトしているのですか?

お送りするおつまみに合わせてワインを選ぶこともあるし、「昼飲みが気持ちいい季節だから」という視点でワインを選ぶこともあります。セットにはセレクト内容についてのご案内を同封しているのですが、たとえば赤ワインは秋や冬に飲まれる機会が多いのですが、私は軽めの赤ワインをキンキンに冷やして夏に飲むのも好きで、そうした楽しみ方の提案をしたり、このワインは何日かかけて飲んでも美味しいですよ、といった提案も添えています。

とはいえ、自然派ワインは自由な飲み物なので、飲みたい時に好きに飲んでほしいです。合わせるお料理についても、「ビストロ料理に」なんてことはなく、素材を切ってちょっと塩をかけただけ、なんてお料理でも全然美味しい。自然派ワインはすっぴん美人なので、素材の味を生かしたお料理がとっても合うんです。私の本で、アヒルストアの斉藤輝彦さんがハマっているおつまみとして紹介してくれたのが、きゅうりにブリードモーと熟成味噌を添えて白ワインと楽しむというもので、これが本当に美味しいんです。ワインも料理も、その時の気分に合っていればそれでいい。自然派ワインにお作法はないと思っています。

▶︎こちらはパリ在住の料理家、紀中麻紀さんによる「ワインに合う焼き菓子」&ワインセットの一部

 

ーそういった手引きがあると、ワインの楽しみ方がぐんと広がりそうです。鈴木さんのご本では「フィーリングで選んだり、エチケットでジャケ買いしてもいい」と書かれていて、そんな出会い方も楽しいですね。

造り手の思想がダイレクトに表現される自然派ワインは、エチケットも個性的なんです。ジャケ買いも出会い方のひとつだし、「今日はちょっと疲れてるから、染み込むようなワインがいい」とか「みんなで楽しくワイワイ飲みたい」とか、シチュエーションやフィーリングをお店の人に伝えて提案してもらう出会い方も、いいと思います。そして「美味しい」と思うワインに出会ったら、「この前これが美味しかった」と伝えれば、それも自分の好みを知る糸口になります。そんなふうにプロにセレクトを任せてしまうということも、自分好みな自然派ワインに出会う近道だと思っています。

 

「好き」に囲まれて暮らす 。「好き」を突き詰める

ー鈴木さんのお住まいや暮らしについてもお話をお伺いしたいのですが、現在お住まいのこの家はどのようにして選ばれたのですか?

ここは賃貸で借りていて、建築家の方がリノベーションして自邸としていた家でした。入居したのはコロナ前だったのですが、ホテルをテーマにデザインしたそうで、玄関横にオープンな洗面台があるつくりは、たまたまですが今のご時勢にぴったりでした。緑があることと、静かな環境なこと、あとは収納がたくさんあることが、いつも部屋選びをする際に条件にしていることです。荷物が多いので……(笑)。持っている家具や道具に古いものが多いせいか、どこに住んでも「前からここに住んでいたみたい」と言われます。

▶︎ご自宅は閑静な住宅地に建つヴィンテージマンションの一室。家具はフランスのアンティークが多いそう

 

ー食器類もたくさんお持ちですね。

同じ型のものや作家のものを収集する癖はありますね。お皿だと、ファイアンスフィーヌのオクトゴナル皿が好きで、地道にコツコツ収集しています。18世紀初頭にフランスの上流階級に流行したもので、釉薬の感じが違ったり、使っている土の違いで色が違ったり、柄が入っているものがあったり。きれいなものよりも、生活の中で使われていた跡がわかるものが好きですね。

日本の作家ものも好きです。特に大好きで集めているのが、茨城県の笠間に工房を構えている額賀章夫さんのうつわ。金工作家の坂野友紀さんのカトラリーは10年ぐらい買い集めていて、ご本人に「うちよりも持っている」と言われたことも(笑)。

▶︎オクトゴナル皿に、額賀章夫さんのうつわ、坂野友紀さんのカトラリー。どの持ち物について聞いてもそれらのストーリーを返してくれる鈴木さん

 

ー鈴木さんはご自身を「オタク気質」と話していましたが、お持ち物も長く収集しているものが多いんですね。

凝り性なんですね。気に入ったものがあると、それをずっと使い続ける。布物も好きで、素材が良くて、身につけていて気持ちがいい服が好きです。服も長年同じブランドのものを着ています。今着ている「humoresque」や、インド伝統の手紡ぎ生地「カディー」を使ったアイテムを展開している「Khadi and Co」、ほかには世界各地の伝統的手仕事や職人技術を採り入れている「dosa」、昔のフランスのワークウェアにインスパイアされた服を作っている「outil」など、手仕事を感じるものやストーリーがあるものに惹かれます。

昔からものごとにハマりやすくはあったんですが、何かにハマったら、次はこっちにハマって、というように興味が移り変わることも多かったんです。でも、自然派ワインは、出会ってから変わらずずっと好きです。

ー自分の「好き」を突き詰めていったら、ワインショップという新しいトライにつながったというのは、とても素敵なことだと思います。

自然派ワインの造り手たちとずっとお付き合いしていきたい。ワインショップを始めた目的は、それなんです。その中で、自分は何を提供できるのか、どういう楽しみを見つけられるかということを、これからも考えていきたいです。

▶︎『bulbul』の意味は“ヒヨドリ”。果実を食べて種を運ぶ媒介者である鳥のように、ヒト・モノ・コトに潜むストーリーを伝えたいという思いを込めたそう

 

text_佐藤可奈子
photo_totonoi編集部