マルニ木工は1928年、広島に創業した昭和曲木工場を前身にしてスタートした木製家具メーカーです。同社は創業時から“工芸の工業化”を進め、日本の家具産業がまだまだ手工業中心だった中、木材の研究や加工技術の開発に積極的に取り組み、上質な木製家具を多くの生活者に届けることを実現してきました。
「創業当時に誕生した曲木椅子は『銀行椅子』と呼ばれ、戦前に大ヒットしました。当時としては難易度の高かった、木材の曲げ技術を自社で確立して作った椅子でした。戦時中は、当時の国の指示で木製尾翼を製造していました。ミリ単位の精度を求められたことは、技術向上につながったと言います。戦後は、日本人の生活が豊かになっていく中、応接家具が主力商品になっていきます。創業者の山中武夫自ら機械をエンジニアリングして工業化に成功した彫刻家具は人気を集め、現在もマルニ木工を代表する商品になっています」(マルニ木工 広報・PR 橋爪沙織さん)
しかしその後バブルが崩壊。ライフスタイルの変化とともに求められる家具のテイストも変わっていき、会社の売り上げは大幅に落ちていきます。変革を迫られたマルニ木工は、新しい時代に応える家具づくりへの取り組みを開始。2004年には世界的に活躍するプロダクトデザイナーや建築家とコラボレーションしたコレクション「nextmaruni」を発表します。深澤直人さんは、同プロジェクトに参加したデザイナーの一人でした。
「nextmaruniで協働した際、深澤さんは私たちがこれまでに培ってきた技術やものづくりへの姿勢をとても評価し、理解してくださっていました。当時、深澤さんも木の家具づくりに興味をお持ちで、ハンス・J・ウェグナーとカールハンセン&サンの関係のように、木に精通した作り手としっかりタッグを組んで取り組みたいという思いを持っていたそうです。深澤さんとなら、マルニ木工ならではの家具づくりができるのではと思い、深澤さんを開発パートナーに迎えて家具作りに取り組むことになりました」
そうして始まったのが、“100年使っても飽きのこないデザインと堅牢さを兼ね備えた家具作り”を目指した「MARUNI COLLECTION」。その第一弾シリーズとして2008年に発表された『HIROSHIMA』は、翌年のミラノサローネ国際家具見本市で高い評価を得て、マルニ木工の名を一躍世界に知らしめました。そこで評価されたのは、誰もが心地よさを覚える造形美と、木の性質を知り尽くしたマルニ木工の高い技術でした。
現在、チェア・スツール10種(オットマン含む)、テーブル8種、サイズや組み合わせ方が選べるソファを展開している『HIROSHIMA』。中でも人気の「アームチェア」は、「木の家具」ならではの有機的な形が大きな特長です。この繊細なフォルムは一体どうやって導かれたのでしょうか。
「まずは深澤さんが、硬質発砲ウレタンフォームから削り出した1/1模型を作るんです。次に工場で原寸の試作品を木で作り、座り心地や安定性、強度を確認しながら、形の調整を繰り返していきました。特に深澤さんがこだわったのは、背もたれからアームの接ぎ部分でした。“ここをもう少しトカして欲しい”と仰るんです。角を磨き落として面と面の境界をぼかすといったニュアンスを伝える際に、“トカす”という表現を使われていました」
そうして出来上がったのは、二次元の図面上では到底表現できない造形。滑らかな曲線は木の柔らかさを感じさせ、背もたれから肘掛け部分は接ぎ目をまったく感じさせません。
「人が椅子に座っている時は、背もたれに背中を預けたり、肘掛けに寄りかかったり、実はじっと座っていることは少ないんです。なので背もたれはしっかり幅を持たせて、肘掛けにかけてのラインも脇や腕が突っ掛からず、体にフィットするようにデザインされています。深澤さんは、『心地良い状態というのは違和感を感じないということ。座っている時に存在を感じない椅子にしたい』と仰っていました」
“木から作った椅子”として、誰しもに無意識に受け入れられる表情、形、座り心地の追求。見た目の派手さはありませんが、その“違和感のなさ”も、人間が“本能的に感じる心地よさ”を求めた深澤さんの狙い通りなのでしょう。しかしここで気になるのが、この複雑な形の椅子をどのようにして量産しているのか、です。
「三次元物体の幅・奥行き・高さ・首振り・回転を設定して木を削る、5軸CNC加工機という機械を導入することで、この形の量産を実現しています。図面がないので、社内のプログラマーが試作品を触りながら数値を読み取ってプログラミングし、微調整を重ねながらプログラミングデータを完成させました。そうして5軸CNC加工機で大まかな形を削り出したあと、職人の手作業による削り出しで、ミリ単位の調整を行ないながら製作しています」
プログラマーは、この5軸CNC加工機の能力を最大限に引き出しながら、どのように量産できるかを考える職人。どのように削ればどのようなラインが出るのかを予測しながらプログラミングしているのだそうで、まさに職人技です。また、背もたれは木目が横になるように、肘掛け部分は木目が左右対象になるように材を選別されており、これも削った時にどのような木目が出てくるかを予測して、職人が材を選別しているのだそう。
職人の手仕事で一脚一脚作り出すレベルの製品を、機械を使って同レベルの品質で量産する。木を知り尽くし、工業化のための技術開発にも先進的に取り組んできたマルニ木工だからこそ、できた椅子なのです。
『HIROSHIMA ダイニングテーブル』も一見シンプルですが、細部に至るまでこだわりと技術が詰め込まれているプロダクトです。安定感を感じつつも野暮ったくない、絶妙な薄さの天板と細い脚。ラウンド型とスクエア型があり、サイズによっては天板の下の「幕板」と呼ばれる補強材が見えるデザインと見えないデザインのものがあるのですが、幕板が見えてもその存在を極力感じさせない、軽やかさを損なわないデザインになっています。
「いかにもな補強を施さずとも安定性と安全が確保できる薄さと細さを求めて、何度も深澤さんとやりとりを重ねてたどり着いた形です。天板の小口(側面)は下に行くほど内向きに削っており、これは小口の陰影を際立たせたいという深澤さんからのリクエストでした。脚の角度にもこだわりがあって、アームチェアとテーブルをセットして横から見た時、脚の角度が揃うようになっているんです。深澤さんは、着席していない時も美しく見えるフォルムを追求していました」
天板には、スクエア型ながら直線と直角がないことも特徴。アームチェア同様、職人による手作業の削り出しによって仕上げられる「トカされた」曲線は、つい撫でたくなります。その「触れたくなる」衝動は、『HIROSHIMA』が「素のままの木肌」を感じさせる表情であることも理由のひとつ。
「深澤さんが工場に初めて来られた際、『もったいない』と仰ったんです。『こんなに綺麗な木をなぜ濃い茶色に塗ってしまうのか』と。当時マルニで作っていた家具は伝統的なヨーロッパ調の彫刻家具が主流だったため、塗装と磨きを重ねて仕上げていました。それが最良の方法だと思っていた私たちにとって、深澤さんの言葉は大変な衝撃でした」
しかし素のままでは汚れがつきやすく、傷も目立ちやすくなってしまいます。ではどのようにこの課題をクリアしたかと言うと、塗料に少し白を加えて、生木の色に近づけているのだそう。塗装仕上げはナチュラルホワイトとナチュラルクリアの2色を展開しており、クリアの方は木肌の色が少し濃くなる、いわゆる「濡れ色」になっています。当初は保護力の強いウレタン塗装仕上げのみの展開でしたが、その後『HIROSHIMA』のシェアが海外に広まり、海外で主流であるオイル塗装仕上げもラインナップに加わりました。
「これらの形は樹脂でも作ることはできますが、樹脂だったらこんなふうに触りたくなる家具にはならなかったと思います。木の肌触りの心地よさを、人は本能で知っているからこそ、触りたくなるのだと思います」
『HIROSIMA』シリーズではソファも展開しています。こちらも見た目は極めてノーマルでオーソドックスな形。しかしこのソファも、「無意識の心地よさ」が徹底的に追求されていました。
「背もたれの背面はダイニングテーブルの小口と同じように、下に向かうほど内に向かう形にして背面に陰影を付けることで、シャープで浮遊感のあるシルエットになっています。また、クッション下のフレームに太い材を使い、これと脚をしっかり接合させることで、この脚の細さと最低限の本数を実現しています」
羽毛パット、高反発ウレタン、低反発ウレタンの順に芯材を重ねられたクッションは、フレームに取り付けたゴムベルトの反発性も加わって、ふわっとした座り心地。このクッションの端部は浮かび上がってしまわないよう、わざと端部は芯材の厚みを減らして、座面がフラットに見えるように仕立てているのだそう。これも、マルニ側の配慮だったそうです。
背もたれの低さも特徴ですが、それはソファを壁に寄せて置くのではなく、空間の中央に置くことをイメージしてデザインされているから。『HIROSIMA ソファ』は、シングル、2シーター、3シーターに加え、片肘タイプも展開。さらに各サイズのシェーズロングにオットマンも展開しています。様々な組み合わせができるということはつまり、いろんな使い方ができるということ。
「先日、深澤さんが新しいアトリエに置くためにソファを選ばれていたのですが、いろんな向きで座り心地を試していました。低めの背もたれは腕を掛けやすく、後ろにいる人とも対話がしやすい姿勢が取れます。座面の奥行きはたっぷりあるので、足を上げてくつろぐこともできますし、ヘッドレストを取り付ければゆったりTV鑑賞ができ、シェーズロングを組み合わせれば、より様々な体勢や空間レイアウトが可能になります」
主役になるのはソファではなく、そこに生まれる暮らしのシーン。どんな空間にも馴染むシンプルなデザインに収める一方、家具によって暮らしの場をつくることを可能にしているのです。
細部を見れば見るほど、そのシンプルな形に込められた創意工夫と細密な技術に驚かされる『HIROSHIMA』。ただそこに在るだけで美しい佇まいでありながら、暮らしを豊かに演出する道具として、使う人に寄り添う黒子にもなる。シーンを選ばず、あらゆる場所でずっと長く使える寛容さが、『HIROSHIMA』が選ばれる理由なのだと感じました。
「『HIROSHIMA』というネーミングは深澤さんの発案でした。でも、“広島”という地で創業し事業を続けるマルニ木工にとって、“HIROSHIMA”という言葉は多くの意味を含むもの。社内からは戸惑いの声が上がりました。でも深澤さんは、『HIROSHIMAという言葉は、平和の象徴として世界中に知られている。マルニ木工が世界に発信していく家具に相応しいネーミングだ』と。新しい“HIROSHIMA”という意味を、私たちの家具で世界に広めていくという思いも込められているんです」
『HIROSHIMA』から始まった「MARUNI COLLECTION」は年毎に新シリーズを発表し、現在は12シリーズを展開しています。東京・馬喰横山にあるショップ「maruni tokyo」は地下1階、1階、2階、3階の4フロアに商品が展示されており、マルニ木工の技巧が凝らされた家具を実際に触れて確認することができます。
家具には空間を変える、暮らしを変える力があります。totonoiの中古マンションリノベーションサービス「大人のリノベ」でも、プランニングの際は間取りの希望よりも「どんな家具を置くのか」を先にヒアリングし、それを踏まえて空間づくりをしていきます。それは、家具というのものは、より密接に暮らしをサポートする道具だから。日々の暮らしの心地よさを高めたい、長く心地よく付き合える家具を求める方にこそ、選んで欲しい家具シリーズです。
text_佐藤可奈子
photo_totonoi編集部
maruni tokyo(東京直営店)
東京都中央区東日本橋3-6-13
TEL 03-3667-4021
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平日(水曜休館)11:00~18:00
土日祝 10:00~18:00
※当面の間、平日は時短営業
※当面の間、完全予約制にて営業
maruni hiroshima(広島直営店)
広島県広島市西区扇2-1-45 広島T-SITE 2号館2F
TEL 082-533-7836
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10:00~21:00
不定休
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