元アパレル勤務の夫婦が始めたセレクトショップ

▶︎アウター、トップス、ボトムといった分類で、古着も新品も同列に並べられた店内

ー「shifuku」に置いてある服は、メンズ、レディースを問わず、ドメスティックブランドもあれば、さまざまな年代の古着もあり、テイストも多種多様です。これらの服はどういった視点でセレクトしているのですか?

英明さん 特別決めていることはないのですが、夫婦共に「いいね」と思えるものを選ぶようにはしています。古着は一点ものなので決めるのが早いんですが、新品の場合は慎重にセレクトしています。流行りや売れる売れないよりも、自分たちのファーストインプレッションを大事にしています。

友美さん もともと年齢層や性別でターゲティングする店づくりをしていないのですが、実際お越しになるお客様のご年齢も性別もさまざまです。10代の男の子も来るし、70代の女性もいらっしゃいます。最初は服だけのつもりでしたが、自分たちが好きなものを集めていったら、気に入った作家さんのうつわやラグ、古道具などの雑貨も増えてきました。「何屋?」とよく言われます(笑)。

英明さん お客様に「まるであなたたちのクローゼットにお邪魔しているみたい」と言ってもらったことがあるのですが、本当そんな感じですね。僕たちが「いいな」と思ったものだけを並べています。

▶︎ノームコアなバッグや靴があるかと思えばインド製のクロスやキリムが並び、予期せぬ出会いが面白い

ー英明さんも友美さんも、複数の人気ブランドを展開する大手アパレルにお勤めだったそうですね。

友美さん その会社に入社したのは、「スーツを着る仕事をしたくない」という不純な動機からでした(笑)。常に自分らしいファッションを楽しみたい気持ちがあったんです。私は店長をやったりマネージャーの仕事をしていました。

英明さん 僕たちが入社した頃はちょうど会社がSPA(※卸売りをせず、自社製品を自前の小売店で販売する企業のこと)に力を入れ始めた頃で、店舗経験をした後は、MD(※「マーチャンダイザー」マーケットやトレンドを分析し、商品企画から販売計画、予算・売り上げを管理する仕事)として、メンズ、ウィメンズ、雑貨とひと通り担当し、いくつかのブランドも経験させてもらいました。

ー服好きのお二人にぴったりのお仕事だったようですが、なぜ離職なされたのでしょう?

友美さん 入社した時は小規模だった会社が、あっという間に業界内で大手と呼ばれるほどに成長して、だんだんと自分が好きだと感じるものと売れるものとのギャップにジレンマを感じるようになっていったんです。こんな気持ちのままずっと働いていていいのか? と考えて、私は30代半ばごろに辞めました。その後は、面白い先生に出会ったことをきっかけにヨガにハマり、自分も時々個人向けにレッスンをするといった生活をしていました。好きなものをひたすらインプットしたら、今度はアウトプットしたくなるんです。それで自分も教える側になって、お金が貯まったら、習いたい人のところへ習いにいくというのを繰り返していました。夫の給料で生活はできるけど、自分のためのことをしたかったから、というのも理由でした。

英明さん 会社がどんどん成長していく中、「自分が頑張らなきゃ」という気負いが増したり、新しい社員も増えたりで、僕も行き詰まっていた時期があったんですが、チームで仕事をすることの意味に気づいたら、自分に求めすぎていた、ハードルを上げすぎていたんだとわかったんです。そうしたら、気持ちよく仕事できるようになっていきました。幸いにもやりたいことができる環境にいたし、仕事にはやりがいを感じていました。

▶︎英明さんは大学卒業後は別業種の会社に就職するも、服好きが高じて半年で退職し、前職に転職

ー英明さんは順調にいっていた仕事を辞める、何か大きなきっかけがあったのですか?

英明さん 特別何かあったわけではないのですが、「自分がコントロールできる範囲で生活したくなった」というのが大きいかもしれません。毎日夜遅くに帰宅して、妻はそれを一人で家で待っていて、こんな暮らしでいいんだろうか? と思うようになったんです。それで働き方を見直して、だんだん土日はちゃんと休めるようになってという生活をしていたら、今度は仕事をしている時の自分とオフの自分とのギャップが気になってきて。

ー「ギャップ」とは、例えばどんなことに感じていたのでしょう?

英明さん MDという仕事は、製造コストも売り上げも見なければならないし、「自分が良いと思う」だけで服をつくることはできません。仕事時に着る服もブランドイメージを気にして選ぶことを求められたりして、私服なのにまるで制服を着せられている気分でした。じゃあオフの時だけ自分が本当に良いと思うものを着よう、と割り切ろうとも思ったんですが、なんだかそれもちょっと違う…。そんなふうに、望む働き方や生き方と実際の生活に違和感を覚えるようになっていったんです。

ー自分が「好き」だと思うものや「良い」と感じるものに素直に生きたいと思ったのですね。

英明さん 今考えると、「昇進しなきゃ」とか「もっとお金を稼がなきゃ」といったプレッシャーを、気がつかないうちに自分で自分に与え続けていたように思います。「会社員」としての価値観に縛られすぎていたんですよね。でも、働き方や生活を見直して以降、このぐらいでも十分満足できているなら、もっと自分に合った生き方を選んでもいいかもしれない、と思うようになっていきました。社内で、いつかやりたいと思っていた仕事をやり遂げたこともあり、そのタイミングで退職しました。

「しがらみ」をデトックス。自分の「好き」を確認する一年

▶︎ビルの奥にあるこじんまりした店。英明さんと友美さんの「好き」を集めた、隠れ家のような空間です

 

ー「服屋をやりたい」というビジョンは、かねてからお持ちだったのですか?

友美さん 前職を辞める10年ぐらい前、あまりに毎日青い顔をして出社する夫を見て、何か将来に楽しいビジョンがあったほうがいいのでは? と思いつき、「この先、何歳で何をしていたいか」を紙に書いてみたらと提案したことがあったんです。その時に夫が書いていたのが、「お店をやりたい」というビジョンだったんです。

英明さん 「ずっとこれが続くのか?」と追い詰められていた時期でした。聞かれたものの、なかなか思いつかなくて、お金のことばっかり書いてました。「仕事を辞める」とは書けなかったのに、「お店をやる」は書いていたんですよね。自分たちが好きなものをセレクトして売るお店がやりたいな、とは何となく考えていました。

ー退職後、開店に向けてどんなことをしていったのでしょう?

英明さん まずは一年、デトックス期間を設けました。自分たちが本当に良いと思うもの、好きなものを売る店にするために、まず自分の中に染み付いた服づくりや販売のロジックを一旦ゼロにしようと思ったんです。とにかく好きなものをゆっくり見たいなと思って、地方に旅に行きました。特に福岡と仙台は居心地が良かったですね。それまでも市場調査で地方のお店を回ることがあったんですが、地方で服屋に行くと服そのものをきちんと見れる気がして。

▶︎ショーケースには作家もののアクセサリーや、買い付け先で出会った古道具や作家もののうつわが並ぶ

友美さん うちで取り扱いさせてもらっている『CATTA(カッタ)』は、その度でご縁ができたシャツブランドでした。インスタグラムを見てお店に伺ったところ、話が弾んで。話の流れで「自分たちもお店を始めるんです」と言ったら、事業計画書のつくり方だとか、お店を構えるために必要なことをものすごく親身になって説明してくれたんです。私たちは初めて来た客なのにですよ。さらに、合同展示会の情報も教えてくれて、後日もう一度福岡に行って、展示会を見てきました。その時のご縁で取り扱わせていただくことになったブランドがいくつもあります。

英明さん とにかく出会いが多い時期でした。会社に勤めていた頃、僕は社内で「話さない人」だったんですよ。仲の良い同僚がいないわけではなかったけど、そういう余裕がなかったというか…。地方へ行っていろんな人と出会うことで、人と話すのが楽しい、もっと話したいなと思うようになっていました。そして、やっぱり自分は服が好きなんだな、お店がやりたいんだなと再確認することができました。

職住近接の暮らしを求めて、都心ではなく適度に都会な郊外へ

▶︎通りから一歩奥にある『shifuku』。隣は大平さん夫妻がこの場所を気に入るきっかけになった『すなづか珈琲店』

 

ー50歳を前に脱サラしてセレクトショップの開業。新しい事業を始めることに不安はなかったのでしょうか?

友美さん 絶対うまくいくと思っていたので、不安はありませんでした。稼げるか稼げないかよりも、最高だと思える「今」を生きていれば、その先も良い方に行くと思うんです。やりたくないことは頑張れませんが、やりたいことのためなら頑張れますから。

英明さん 銀行に融資を申し込む際には、大手アパレルに勤めていたことが有利に働きました。返済シミュレーション計画書を自分で作ったんですが、銀行の方に「自分で作ったんですか?」と驚かれました(笑)。会社員時代は辛かったMD経験も、今はお店を回していく上で役立っています。

ーお店をやるとなると開店する場所も重要になりますが、なぜたまプラーザだったのですか?

友美さん たまプラーザに気持ちの良いヨガスタジオがあって通うようになり、だんだんと街の雰囲気も好きになっていきました。うちの店が入っているビルにある喫茶店を夫婦で気に入ったこともあり、お店をやるならこのあたりでやりたいなと思うようになりました。

英明さん 以前は桜新町の持ち家に住んでいたんですが、今は店から徒歩5分の場所にある賃貸に暮らしています。今、僕たちがしたい暮らし的に、都心側に出るよりは、生活に近いところで店をやりたかったんです。

友美さん 今お店がある場所は以前は別のテナントが入っていたんですが、ずっと「空かないかなー」と思いながらチェックしてたんです。そうしたら、同じビルにある眼鏡屋の『Local』さんが「空くみたいだよ」って情報をくれて、入居することができました。

▶︎同じビルに店を構える『Local』の矢田さんと『CLOTH&CLOTHING』の瀬古さんと談笑する大平さんご夫妻

ー引きが強い!この店舗もお店に並んでいる服や雑貨も、人との出会いが積み重なって『shifuku』はできているのですね。

友美さん 「お店をやる」ことの良いところは、いろんな人に会えるということ。私たちにとってこの店は、物を売る場所というより出会いの場所なんです。『shifuku』という店名は当初、「パラダイムシフト」から取った『shift』にしようと考えていたんです。服を作る人がいて、服が生まれて、それを私たちが選んで、作り手の話を伝えて、お客様の感じ方が変わっていく。その様を見ていたいんです。

ー「出会い」を経て何かが変わっていく様、何かが起きることが面白いのですね。

友美さん うちの店で買った服を着ていたら「いつもは話しかけてこない同僚が話しかけてきた」とか、「いつも行くお店で、愛想のない店員さんが話しかけてきた」といったお話をお客様から聞くとうれしくなります。服には、そういう力があると思うんです。

体裁にとらわれずに、「今の自分」を素直に楽しむ生き方

▶︎この日の大平さん夫妻は、春を感じさせる爽やかカラーと帽子のアクセントを効かせたコーディネート

 

ーtotonoiは50歳以上の大人世代向けのサービスということでお伺いしたいのですが、大人世代の上手な服の着こなしのコツはありますか?

英明さん 着たいものを自由に着てもらいたいと思っていますが、自分たちが意識していることを挙げるとしたら、「引き算」することですね。以前はもっと盛り盛りのファッションをしていたんですよ。それが、引き算するともっと服が引き立つことに気づきました。あと、この街のご年配の方はおしゃれな方が多くて、出立ちに清潔感があるんです。彼らに影響を受けて、店を始めた時よりも清潔感のある着こなしを意識するようになりました。古着を着ても全部ボロボロにはしないとか、キレイな色をどこかに取り入れるようにするといったことを気にかけています。

友美さん お洒落って、コンプレックスがあるからする時もあると思うんです。「足をあまり出したくない」からロングスカートを履くとか、「シュッと見せたいな」と思ってあえて派手な色柄を着るとか。歳を重ねた今こそ、理想の自分を仕立てるのに服の力を借りる。自分の一部になってくれるような服を選ぶことが大切だと思います。どんな服を着たら自分らしくいられるのかを研究する。そのために、自分から目を逸らさずに自身を見ること、知ることが一番大事なことだと思いますね。

ーこれから先、こんな住まいに暮らしてみたいというビジョンはありますか?

友美さん 理想は一戸建てで、1階でお店をやって2階に住むという生活をしてみたいです。きっとこれから、不動産の在り方も住まい方もいろいろ変わっていくと思うんです。同世代の友人とみんなで一緒に住むというのも面白いかもしれないですね。シェアハウスが世の中に定着したように、新しい住まい方が出てくるのをワクワクしながら待っているところです。

▶︎一見「何の店かわからない」店構えが興味をそそります。大平さん夫妻との服談義を楽しみに、ぜひ足を運んでみてください

text_佐藤可奈子
photo_totonoi編集部