家具は長く付き合うことで、モノ以上の存在になっていく

▶︎左がtotonoiを運営する株式会社Style&Deco代表の谷島。東京・東日本橋にあるマルニ木工 東京ショールームで対談しました

 
谷島香奈子(以下、谷島) 私たちのお客様の中にも家具のリフォームをしたいとおっしゃる方がいらっしゃいますので、まずはどういう流れで修理を進めていくのかという点をうかがいたいと思います。私も家具の修理について詳しくなくて、てっきり表面だけ一新するのかなと思っていたら、全然違うんですね。家具のベースとなる木部や座面の中のクッションの取り替えなどを含めて修繕することに驚きました。

山中洋さん(以下、山中) 家具の表側である座面の張り替えや塗装直しはメインとなる工程ですが、木工家具は使っているうちに歪みや破損が出てきたりするので、木材部分まで直すのが我々の仕事。僕らの中では当たり前なのですが、世の中の方々はそうは思わないみたいですね。

谷島 ええ、あまり知られていないのではないかと思います。お客様の中には一度リノベーションを経験してから月日が経ち、年齢も重ねてきたので次の暮らしをどうするか検討する方が増えています。すると、これまで大事に使ってきた家具を今後も使い続けられるようにしたいとか、親御さんが大切にしてきた家具を受け継ぎたいなどの相談が舞い込むようになりました。ただ、家具のメンテナンスをどこに頼んでいいのか、費用がいくらくらいなのか、どういう手順で進むのかなど不明な点がたくさんあって、ハードルの高さを感じています。

山中 家具メーカーは修理やメンテナンスをやっていることはやっているんですよ。でも新品を売ることこそ正しいのだと突き進んできた結果、売る商品とメンテナンスを同じ量でPRできずにいました。「いいものだから長持ちしますよ」と謳い文句にしていても、いくら丈夫とはいえいつかはガタがきたり、座面が消耗したりするはず。その日がきたらどうするのか、困るのはユーザーですよね。メーカーとしても修理してほしいと言われれば対応しますよというスタンスで、受け身です。

谷島 やっぱり修理は大変だからですか?

山中 修理のニーズがあるのもわかるけど、とても手がかかるので積極的にはできない、やりたくないというのが本音でしょう。メーカー目線では作ったものを出荷するのがゴールで、その後のフォローが行き届いていないのが現状です。

谷島 ただ、ユーザーにとってはそこから家具との付き合いがスタートするんですよね。

山中 本当にその通りで、長く付き合うものだからこそ、メンテナンスの要望に答えていかなくてはいけないなと痛感しているところです。個人宅だけではなくオフィスなど業務用にも当てはまること。以前、アップルの本社に近年の代表作である「HIROSHIMA」を納入したのですが、その数なんと数千脚。修理需要が起こったらどうしていくのか考えなくてはいけません。

谷島 マルニ木工さんの家具の修理をお願いするときは、どういう流れになるんでしょう?

山中 もともとマルニ木工では小売をしていなかったので、家具専門店や百貨店の家具売り場で購入されたお客様がそこに問い合わせることが多いですね。ただその購入が仮に20年前だとすると、売り場の人も変わっているし、家具屋さんそのものがなくなっていたりする。椅子をよく見るとマルニ木工って書いてあるから、うちに直接電話がきて、何年前にどこどこで買ったのですが、と相談されるケースも。どこに相談すればいいかわからないのは不便なので、私たちマルニ木工では家具修理に関して専用の相談窓口を設けています。

▶︎マルニ木工の家具のリフォーム専用サイトには、数多の修理の相談が。家具を購入した時期の記入や画像をアップすると見積もりが出ます

 
谷島 長持ちする家具こそ、購入から修理の相談までがロングスパンです。修理の相談をする際には、どういう準備をしたらいいのでしょう。

山中 家具の全体像と修理箇所の写真があるととてもスムーズです。

谷島 写真は、正面、横、上から撮るとか。

山中 ええ、できるだけいろんな角度があるといいです。椅子の場合は、構造が一番わかるのが座面の裏。そこを見ると、こういう作りだからこうしなきゃ、と修理の方法を検討できるんです。一般の人にはなかなか知られていないポイントですよね。表から見えないところに品番が書いてあることもあって、品番がわかればサイズも大体わかりますから、それを伝えていただけるとスムーズですね。

谷島 写真を撮って送ったら概算の見積もりが出るというのを知っていれば、頼みやすくて、心理的なハードルが下がりますね。

家具に残る「思い出」を残しながら修繕する

▶︎ダイニングチェア修理の工程の一部

 
谷島 私も一度マルニ木工さんに修理をお願いしたことがありました。20代の新婚の頃に見た目が気に入った海外メーカーのソファを購入し、それから10年以上たって張り替えたいなと思ったのですが、どこに相談したらいいかわからず困ってしまって。メーカーに対応してもらうにも海外だったために問い合わせ先がわからず途方に暮れました。それで山中さんに相談したんですよね。

山中 マルニ木工の家具ならほぼ図面や記録が残っているからやりやすいですが、他社のものだと図面や記録がないため修理対応ができないケースもありますが、まずはご相談いただきたいですね。座面の張り替えならわりと簡単ですけど、足が折れててなんとかなりませんかという要望だと、できる・できない両方あります。お客さんが直るだろうと思っていてもダメなことがある。

谷島 予算面はどの程度考えておけばいいのでしょう。

山中 面積や体積にもよりますが、目安としては新商品の60%程度と思ってもらえれば。ソファは生地の量が多いからもう少しかかりますね。あとはファブリックのランクをどうするか。革にするのか、とにかく安く済ませたいとか、汚れがつきにくくしたいなど、デザイン、質感、価格帯の要望をサンプルを見ながら聞いていきます。なんとなくこうしたいという大まかなイメージをヒアリングして、具体的にしていきます。

谷島 その進め方は物件のリノベーションにも通じますね。家具の修理は、新品を買うよりも安いからというよりも、大事に使ってきたから直して使い続けたいという理由が多いのでしょうか?

山中 圧倒的に後者です。家具の背景に何かしらのストーリーがあって、それを含めて維持しつつ、どうにか使えるようにしたいという要望ですね。これは本当によく聞く話なんですが、椅子の修理の相談の中で「この傷は孫がつけた思い出なので、きれいにしなくていいです」と言われる。他人から見たらただの傷でも、家族には思い出の1ページなんです。そんなときは座面だけ変えてお戻ししています。

谷島 その愛着の深さたるや。新品のようにきれいにすることだけが修理ではないんですね。

山中 ええ、ボロボロになった家具がある日突然きれいになって帰ってくると、家具ってこんなに見違えるのかと驚いて喜んでくれたり。そんなシーンに立ち会ったときにやりがいを感じますね。

谷島 長年使ってきた思い入れのある家具を、子どもや大切な人に渡すケースもありますよね。先日、友人のお母さんの住み替えの手伝いをしたときに、すごく立派な椅子を頂いたんです。その方が言うには、自分が大事にしてきたものだから大事に使ってくれる人に譲りたいと。そういう思いをわかってくれない人には使ってほしくないとおっしゃっていて。

山中 家具は量産品には違いないけど、人の歴史やストーリーが詰まった唯一無二のものだということがよくわかるエピソードですね。家具はモノ以上の価値を見出してもらえるんですよ。そこが面白い。

古い家具に新たな価値を与える「リノベーション家具」

谷島 そうした家具修理をめぐる日々の中で、2022年7月にリノベーション家具専門のECサイトをリリースされました。これはどういうサービスでしょう。

▶︎マルニファニシングのオンラインショップには、古いマルニ木工の家具をアップサイクルしたアイテムが並んでいます

 
山中 まずリノベーション家具について説明しますね。マルニ木工は過去にたくさんの木工家具を販売してきたので、お店や個人宅で不用になったり、眠ったままになったりしている家具が無数にある。それらを引き取って修理したのち、デザインはそのままに新たな仕上げを施して販売するサービスです。古い家具に新たな命を吹き込んで提案することは、先ほど谷島さんもおっしゃったように中古物件のリノベーションに似ていると思っていて、リノベの言葉の意味が浸透しつつあるいま、僕らの取り組みを伝えるために「リノベーション家具」とネーミングしました。

谷島 不動産であれば「すでにリノベしてある物件を買う」のと同様ということですね。

山中 ええ、今のところ1950〜1970年代のマルニ木工製品を中心に、椅子やテーブル、ソファなどを揃えています。リノベーション前の写真もサイトに載せているのですが、それを見た方は「これがこうなるのか!」と驚かれると思いますよ。それほどビフォーアフターに差がある。

▶︎ショパン アームチェアのリノベーション。左がビフォー、右がアフター

 
谷島 その年代の家具を選ばれたことにはどんな理由があったのでしょう?

山中 それくらいの古さのものが出物が多いのが理由のひとつ。あと、この年代のマルニ木工は孔雀のロゴを使っているのですが、中古家具市場では「オールドマルニ」と呼ばれていて人気があるんですよ。デルタチェアはその最たるもので、ミナ ペルホヘネンやクヴァドラのファブリックを使って現代的に寄せています。

▶︎孔雀のマークは1952年から1975年までのマルニ木工の家具に使われています

▶︎“オールドマルニ”を象徴する人気の椅子、デルタチェアをリノベーションし、ミナ ペルホネンのファブリックを座面に使用したモデル

 
谷島 古いからといっても壊れる心配はないんですね。

山中 むしろ、昔の木工家具って丈夫なんですよ。どうしてかというと、50〜60年前は木材の制約がなく、今となっては希少なカリンやシタン、黒檀といった木材や、今では伐採してはいけない大きな材を普通に使うことができていたんです。そういう家具は、塗装が剥げたり、傷がついたり、表面がへたったりしても、いざバラして躯体だけにするとすごく丈夫なことがわかります。そこさえしっかりしていれば、表面の生地を変えてお化粧(外装)を整えてあげれば30〜40年は余裕で使える。見えない部分がすごいんです。

谷島 もう手に入らないクオリティの家具を取り揃えている。90年以上の歴史のある会社ならではのアーカイブを生かした取り組みだと思います。
住宅のリノベーションを希望するお客様が物件を選ぶ目線も少しずつ変わってきていて。創業した当初は、新築を買うほどの予算がなかったり、安価で自分らしい暮らしができる住まいを探している方がリノベーションを選択していました。しかし近年は中古物件の価格がそれほど安くなく、それでもリノベ費用をしっかりかける傾向があり、その結果新築とそう価格差がない家ができることもあります。つまり、新築を買えるけども、内装のグレードを追求できるから中古物件+リノベを選ぶという志向が高まっているのです。

山中 選ぶ基準が新しさや安さではなく、暮らしの質の高さや心地よさにシフトしてきているということですか。それは心強いですね。新品の家具とリノベーション家具を同列に見てもらえる可能性があるということですから。

谷島 ものを捨てずに使い続けるという、現代人の意識の変化も念頭にあるのでしょうか?

山中 SDGsやサスティナビリティを意識しているのはもちろんですが、まだまだ使える家具を捨ててしまうのは単純にもったいないと思うし、残念な気持ちになります。ましてや良い素材を使った、今では作れない家具ですし。古いものを新たに価値づけして販売することで、家具の見方や付き合い方に新しい視点を提示したいと思っています。それこそ、家具は家族のような存在だと気づいてもらえるように。

谷島 「なぜあえて古いほうを選ぶのか」を考えていくことで、自分が家具や暮らしに何を求めているのかが明らかになるということですね。中古物件のリノベーションがそうだったように、家具の修理やリノベーション家具の購入が普通のことになれば、自分にあった暮らしの選択肢がさらに広がってゆく。そんな気がしています。

山中 そう願っています。まずはどんな家具でも修理はできる、ということを知っていただきたいですね。

谷島 家具の修理の進め方がわかり、お客様にも説明しやすくなりました。部屋の中だけではなく、家具のリノベも積極的に提案していきたいです。

text&photo_本多祐介

マルニファニシングのWEBサイトにて、totonoiやリノベーションのことをご紹介いただいています。併せてお読みいただけるとうれしいです。
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